| 第514回最悪の時こそ、チャンス!
 もうだめだ、と思ったことがありますか。「八方ふさがり」だとか、
 「にっちもさっちもいかない」
 などという言葉があります。
 言葉があるということは、
 そう珍しいことではなくて、
 もちろん私にもあります。
 最低、最悪、どん底。
 でも、その場面で、どうするかで
 人間の値打ちが決まるのではないでしょうか。
 <<最悪で打つ手がない、という時こそひたすら「書き進める」ことだ。
 小説を書くときにやるべき唯一のことは、
 ひたすら書き続け、
 とにかく書き上げてしまうことだ。>>
 これはある人物の手紙の一節で、ひどく落ち込んで、
 オレは最悪でどうしようもない、
 という友人をはげましている内容なのです。
 日付を見ると、1929年9月13日となっています。
 ヘミングウェイがフィッツジェラルドに宛てた手紙の一節なのです。
 今、ここにその全文を掲げる余裕はありませんが、
 ほぼ全文はげましの文章で満ちています。
 時は夏の終りで、
 ヘミングウェイは南仏の海岸で避暑。
 フィッツジェラルドはNYで
 『夜はやさし』という晩年の作品を書きあぐねている。
 自分自身に、家庭内に多くの問題を抱えている。
 おそらく「もうだめだ」という内容の手紙を
 ヘミングウェイに宛てて書いたのでしょう。
 その返事。
 今、調べてみるとフィッツジェラルドのほうが、3歳年上。
 でも、手紙の書き方だけから想像すると、
 むしろヘミングウェイのほうが、
 お兄さんのような感じ。
 それはともかく、
 ヘミングウェイの手紙のせいかどうか、
 フィッツジェラルドはまた書きはじめる。
 ついに『夜はやさし』は完成するのです。
 では、ヘミングウェイは順風満帆だったのか。いや、そんなことはない。
 ヘミングウェイだって、書けない時が何度もあった。
 これは自分をはげます手紙でもあったのです。
 最悪の時こそ、ひたすら前に進める。これはなにも作家だけに限った話ではないように思うのです。
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