服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第399回
心の傷の特効薬

傷ついたことがありますか。
いや、バンドエイドを貼るほうの傷ではなく、
心の傷のことです。
たとえば「心ない一言で傷つけられてしまった」
というほうの傷。
もちろん私も傷つくことがあります。―
こういうとたいていの人が驚きます。
「まさかお前みたいな雑で、
 乱暴な男が傷つくはずはないだろ」
と言われたりする。
この言葉が、せっかくなおりかけたカサブタが
はがれたりするのですが。

人は誰でも傷つく動物なのです。
なぜならこの上なく繊細で、
高級な心を持っているから。
ただ人によってそれぞれ傷つく内容と場所、
さらにはその手当方法に違いがあります。
だから一見、傷つきやすい人と
そうでない人がいるかのように思えるだけのことです。
Aの言葉では傷つかないけれど、
Bの言葉ではいとも簡単に傷ついてしまう、
といったふうに。
そしてこれは「傷つく」のであって
「傷つけられる」のではない。
似ているけれど、違います。
繊細だから傷ついてしまった、と考えるほうが
少しだけ痛みが少ない。
ちょうど人に切られた傷よりも、
自分で切った傷のほうが、
わずかに痛みが少ないように。
これも上手な傷つき方?の方法でしょう。

私はもう傷ついてもいい、と思っています。
気持が良くなるバンドエイドを貼ればいいや、と。
特効薬さえあれば、なんにも恐くはありません。
もちろん傷つき方が違うように、
特効薬も人それぞれでしょう。
私の場合の特効薬はミステリです。
ふだんはあまり読まないのですが、
心が痛いときに、1、2冊服用致しますと、
すっかりなおってしまう。
まさに特効薬ですね。
薬として服用するわけですから、
同じミステリを何度も読んだりします。

たとえばレイモンド・チャンドラーの『プレイバック』。
例のフィリップ・マーロウものですね。
作者のチャンドラー自身も
実は傷つきやすい人間であったようです。
でも、このミステリのなかに
あの有名なセリフが出てくる。
<<しっかりしていなかったら、生きていられない。
 やさしくなれなかったら、生きている資格がない>>
なるほど、なんて言っているうちに
もう傷がなおりはじめています。


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