第105回
ファド。ポルトガルの光と影
そう、もうひとつの目的は
ポルトガルの伝統音楽「ファド」。
『マヌエル カーザ・デ・ファド』では
定期的にファドのライブを行っているのです。
ファドは
ポルトガルの首都であり港町
リスボンで生まれたと言われる音楽。
貴族ではなく、大衆、それも下層階級の
喜びや悲しみや、
また長い航海で会えない人への想いなどが
込められた歌なのだそうです。
食事も佳境に入った頃
ふいに明かりが落とされました。
静かに、泣いているようなポルトガル・ギターの音が流れると
いままでレストラン中に満ちていたざわめきが
突然、すうっと消えていきます。
まるで雪の夜の静けさです。
真っ暗な中
キャンドルのわずかな灯りに浮かぶのは
長い黒髪、黒いドレスを纏った
ファド・シンガー、月田秀子さん。
壁にもたれたり、椅子の背に腰掛けたり
床に座ったりしながら歌う
彼女の声は
切なく、時には強く、聴く者の心に響きます。
ファドは
ポルトガルの演歌だと思っていました。
私がそう言うと
友人は、でも、日本海と大西洋の違いを感じる
と応えます。
「悲しい、つらいだけじゃなく
その先にひらけていく感じや、たくましさがある」と。
なるほど、そういえば
月田さんは「難船」という曲を歌い終えた後
こう語りました。
「夢を捨てる唄だけど、でも私はこれを歌うとき
絶対に夢を捨てまいと思って歌う。
今までには何個も捨てたけど、だからなおさらそう思う」
このレストランの壁には
リスボンの港の風景が描かれています。
エンリケ王子の華々しい大航海時代、
植民地政策の時代を経て
さまざまな人やものや、
思惑や感情が交錯した港町。
そこには、今でも
カーザ・デ・ファド(ファドの家)と呼ばれる
酒場が数多くあり
夜ごとファドが歌われているそうです。
ぼんやりと浮かぶその絵を眺めながら
ポルトガルの
光と影を思いました。
■マヌエル カーザ・デ・ファド
東京都千代田区六番町11の7 アークスアトリウムB1
TEL 03-5276-2432
※次回、月田秀子さんのライブは
5月19日(水)・20日(木)、予約制。
|