第65回
今宵スタンディング・バーで１杯

イタリアで取材していた時、
リストランテの前にバールへ寄って
食前酒を飲んでから行くのがイタリア式だと
他ならぬ、リストランテのコックが言い出しました。
バール（スペイン語で言えばバル。第64回参照）は
現地の人にとって
朝・昼・夜と使える、日常の一部です。
だからといって、みんながみんな本当にそうするのか
彼とその周辺の流儀なのかは謎ですが
ともかく私たちは
バールでキュッと飲って、ナッツをポリポリ食べて
お店の人や他のお客さんとおしゃべりしてから
リストランテに向かったのです。
道すがら彼は、満面の笑みで言いました。
「ほら、安くて、楽しくていいでしょ？」

日本で、バールやバルの習慣が
定着するかどうかはまた別の話になりますが、
ディナーの前に食前酒を飲んだり
待ち合わせに使ったり
仕事が終わって１杯だけ飲みたいというときに
サッと使えて、安くて、楽しい場所なら増えつつあります。
スタンディング・バー。
つまり立ち飲みスタイルのバーです。

ちょっと前まで、立って飲むのは
お父さん達の聖地である焼き鳥屋とか
日本酒コップ酒の店などと
相場が決まっていましたが（それも好きなんですけど）、
ここ数年で
お酒やつまみも、もちろんインテリアや音楽も
洗練されたスタンディング・バーが
あちこちで出現しています。

もう５年ほど前から恵比寿にある
『カサブランカ ヴァン・ヴィーノ』に行ってきました。
お店で晩ごはんを食べる前に
ちょっと食前酒を飲んで行こうよ
ということになったのです。

ワン・コイン（￥500。チャージ無し・税込）で
グラスワインやスパークリングワイン、
ビール、シェリーなどが飲める
その小さなバーは、ときどき店の外にまで
グラスを持ったお客が溢れ出しています。
ワインは週替わりで
赤の種類を訊くと、３種ありました。
私はプリミティーヴォ 2002年、
連れはカヴァのスパークリングワイン。
この日は飲みませんでしたが
最近は南アフリカのワインがおいしいそうです。

私たちがグラスを空けるまでの間に
常連らしいスーツ姿の若いビジネスマンが2人、
ビール１杯をゴクゴク飲み干して帰り、
若い女性はひとりでワインを飲みながら
バーテンダーとお喋りしていました。
場所柄か、外国人客も多く
彼らに話しかけられて流暢な英語で応える
（たぶん）年下の日本人に感心しつつ、
話せない私はそっと目を逸らしたり。

グラス一杯を飲み終えると
ほんのりいい気分。
胃は、ごはんを催促するようにギュルギュル鳴り始め
思わず足早に店を出ました。
外は、春の夕暮れ。
まだ日中の暖かさが残る空気を吸えば
これからお目にかかる
晩ごはんへの期待が高まります。

■CASABLANCA Vin Vino
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