第62回
食べぬも、食べるもつらい選択
『AZ(アズ)』はイタリアワイン専門のバーであり、
またトラットリアも顔負けの
料理を供するバーでもあります。
店主の平野さんはひとりでカウンターに立ちながら、
注文が入るとフッと姿を消し、料理を作ります。
そして使う材料は、ほとんどが自家製なのです。
彼はグリッシーニを焼き、パスタを打ち
マンマの味です、と言って
トスカーナの伝統料理である
4種ものイタリア産の豆を使って煮込んだスープを出す。
仔羊を半頭、ドカンと仕入れてさばき、
さまざまな部分を料理に生かす。
パンチェッタ(豚バラ肉を塩漬けにし、熟成、
乾燥させたもの)やサルシッチャ(ソーセージ)まで
手がけてしまうバイタリティには敬服します。
このお料理がおいしくて、びっくりして
その日はグラスワイン3杯から5杯に目標を変更。
トスカーナ→ピエモンテ→カラブリア→ヴェネト→マルケと
ワインでイタリア中を旅してしまい、
お勘定の時には
深い深い反省と、でもおいしかったという満足感が
複雑に絡み合う気持ちまで味わいました。
で、思いついたのが
「ほどほどで切り上げる」
という、まったく初歩的な作戦。
さっそく次の週
「1皿とワイン3杯だけ、絶対」と固く決心して
再び千駄ヶ谷の駅に降り立ちました。
食べ損ねた手打ちパスタが気になっていたのです。
はたして、粉の風味を感じるタリアテッレは
羊のブロード(ブイヨン)に
オリーブオイル、レーズンだけのシンプルな一皿。
レーズンの甘みと酸味が効いています。
ペロリ、平らげると
今度はカウンターの上に広がったつまみが気になる。
自家製のセミドライトマトもあるし、
グアンチャーレ(豚の頬肉の塩漬け)を
ポレンタ(とうもろこしの粉を練りながら煮込んだもの)に
巻いていたり。
さらに平野さんは、あの楽しげな顔で
「ラルド・ダルナ(Lardo d' Arnad)がありますよ」
とおっしゃる。
ヴァッレ・ダオスタ州のアルナ(Arnad)村で
作られているラルドだそう。
ラルドは豚の背脂を塩とスパイスに漬けて
熟成させたもので、
脂(平野さんによるとコラーゲンだとか)の甘みが
口の中でに溶ける絶品です。
時間をおくとヘナヘナになるので
周りだけほんの少し溶け始めた瞬間にいただくのが
私は好きで……。
……結果はご想像にお任せします。
■AZ(アズ)
東京都渋谷区神宮前2-20-13-1F TEL 03-5474-1118
URL http://vino.az-group.net/
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