第55回
チャンスに飢えたコックたち
イタリアで数年間、修業を重ねても
当然、帰国したコックがみんな
自分の店をもてるとは限りません。
たとえ一流のリストランテで
セカンドコックとして活躍した人であっても、です。
逆に、彼らの目標がほとんど
「自分の店をもつこと」であるのに対し
反比例するように、実現する確率は少なくなっています。
イタリア料理のコックの絶対数が多いうえ
イタリア経験者が増えていることもありますが、
それと同時に
この不況で店を出すためのスポンサーがいないからです。
だから彼らは
満を持して帰国しても、厳しい現実にぶつかることになる。
オーナーシェフどころか
シェフになれるかどうかもわからない。
コックとしてリストランテに就職したとしても
経営者(あるいは企業)が要求する店のあり方や
シェフのやり方と、
自分がイタリアで学んできたことの
ギャップに悩むこともある。
実力はあるのに機会に恵まれないという人は
おそらくたくさんいるでしょう。
北京のイタリア料理店『イル・ミリオーネ』の
シェフとなるため
コックの泊さんがはじめて
オーナーの邱先生にお会いするとき、
その道を歩く途中で、彼は思わず武者震いしたそうです。
怖いのではなく、うれしくて。
それほど帰国後の彼は、チャンスに飢えていました。
やっと自分の料理ができるかもしれない、
それが
楽しみで仕方なかったと彼は言います。
でも、と私はあえて水を差したのです。
自分の料理ができるかどうか
それはこれからしっかり話し合わなければいけない、と。
オーナーと意見が合わず、辞めていったコックを
少しばかり知っているからです。
けれどそれは私の杞憂だったようです。
リストランテはまだ動き出していませんが
彼きっぱりと
「どんな要求でもそれに合わせて、
その中で自分の料理を作る自信があるんです」
と言い切ったのです。
逆に、難しい要求をクリアしてしていくことで
いろんなことを学んでいきたいと
そこまでの覚悟が、ちゃんとできていました。
2008年のオリンピック開催を控えて
どんどん発展していく北京から、この春
泊さんの料理が発信します。
ちょっと気が早いんですけど
世界のトップシェフ50人に選ばれた唯一の日本人シェフが、
オーストラリアで活躍する和久田哲也さんであるように
世界という舞台で、泊さんの名前を聞くことが
私の密かな楽しみです。
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