至福の一皿を求めて おいしさの裏側にある話

第36回
『たまははき』の茹で落花生

ひとりで、または気の合う友達と2人で
しっぽりと飲みたいときに
真っ先に頭に浮かぶのは『たまははき』。
日本酒は「鶴の友」一本で、
東京で唯一
上白・別撰・特別純米・特撰・上々の諸白が
揃うといわれる居酒屋です。

もちろん素直な飲み口の「鶴の友」純米も、
泡盛「沖の光」の古酒も好きですが
最初に訪れたとき、私は何より
酒飲みの心を知っている肴の数々に
一発でノックアウトされてしまいました。

鮎のうるか、豆腐の味噌漬け、鯵のなめろうetc。
どれもみな、ちびちびとつまんでは飲み
また舐めて愉しめる
まっとうな食材を使った、旨いつまみばかりなのです。
中でも私がいちばん感動したのは
秋に食べた、茹で落花生。

千葉県八街(やちまた)の落花生で
無農薬で取り組んでいる生産者のものに
ご主人が惚れ込んでしまったのだそうです。
殻を割ると、ぬるりと糸を引く豆が現れ
薄皮ごと口に放り込めば、
なんとも言えない
煎った落花生からは想像できない柔らかな歯ざわり。
土の香りがほのかに漂い
噛むと濃厚な大豆のような甘みを感じる。

あの味が忘れられず、お正月にも行ったのですが
残念ながら終わっていて
いつもニコニコと穏やかな女将さんが
申し訳なさそうに
「茹で落花生は、堀りたての
ほんの短い間だけなんですよ」
と教えてくれました。

掘りたてって、え、落花生って掘るんですか。
土の中にできるんですか……。
恥を忍んで打ち明けると
こんな30ウン歳に、女将さんは一冊の絵本を
広げてくれたのです。

野菜が、どんな種からどんなふうに実をつけるのか
淡々と描かれた「たべられるしょくぶつ」(福音館書店)。
子どもの絵本を見て、女将さん自身が
いたく感動したのだそうです。
キャベツは、ねぎは、さつまいもは
こんな種や花だったの? こんな風に実がなるの?
と、いい大人たちが
盃片手に、フンフン、はぁ〜と頷く様子は、我に返ると
ちょっと笑えるシチュエーションだったかも。

茹で落花生はもう、今年の秋までおあずけですが
1月のこの日は、お正月料理という
落花生入りのなますが登場しました。
春には、仙人のような風貌のご主人が
谷川岳で採ってくる
珍しい山菜もいただけます。

ああ、私はまだまだ知らないことだらけ。
勉強勉強……と、誰に言い訳してるのか
大義名分を唱えながら
今夜もニヤニヤと階段を下りていきそうです。


■たまははき
東京都渋谷区幡ヶ谷2-7-9 酒井ビルB1 TEL 03-5350-3163


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2004年2月9日(月)

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