至福の一皿を求めて おいしさの裏側にある話

第5回
シェフに捧げられた拍手

私はその店で、初めての経験をしました。
ここで働く日本人コックの取材のために
再びやって来たのは2002年4月ですが、
最初に訪れたのは
それより半年前の2001年10月。
ちょうど白トリュフの季節でした。

ピエモンテ州のアルバやこの辺りは
世界に名だたる白トリュフの名産地です。
質も極上とされ、いつもはのどかな田舎町が
シーズンになると各国の食いしん坊で
いっぱいになります。

その日も、『ダ・チェーザレ』は
予約客でいっぱいでした。
白トリュフをたっぷりかけた
タヤリン(たっぷりの卵黄で練り込んだ平打ちの細長いパスタ)も
お約束のカプレット(仔ヤギ)の暖炉焼きも堪能し、
ドルチェ(デザート)も終え、
ちょうど仕上げのエスプレッソを飲んでいる頃。

ふとリストランテの片隅から、
小さな拍手の音が聞こえてきたのです。
顔を向けると、厨房から
シェフのチェーザレ氏が現れました。
恥ずかしそうな笑顔を見せるこの小柄なシェフは
前年に大きな病気を患い、
その後2度の手術をしています。
彼は客の一人ひとりと力強く握手をしてまわり
拍手の渦はだんだん大きくなって
やがて全員のスタンディング・オベーションに変わりました。

私の、生まれて初めての経験
とはこのことです。
その夜、店じゅうの客が彼の復活を喜び、
彼の料理に沸き上がるような拍手を送っている。
まるでコンサートを観たあとのような、
今、ここにいる人たちだけが共有する
感動に満ちた一瞬。
食事をして、こんな瞬間に立ち合うなんて
それまで想像したこともありません。

同じ時『ダ・チェーザレ』の厨房では、
ひとりの日本人コックがその音を聞いていました。
彼は、いつかカプレットの暖炉焼きのような
あの店のあれが食べたいと言ってもらえる
たったひとつの料理を作りたいのだそうです。
おそらく、
ライフワークになるだろうけれど。


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