■QさんからのA(答え)
戦後生まれの方は戦前のことがおわかりにならないので、
色々不思議に思うかもしれませんが、
私達の時代は台湾は日本の植民地で、
台湾の人は日本語で教育を受けました。
学校へ行って家で喋っている台湾の言葉を喋ると、
先生から1銭罰金を取られたものです。
私の場合は日本人の学校へ行きましたから
そういう問題はありませんでしたけど、
台湾の人が行く公学校はそういう問題を抱えておりました。
それでも教育は日本語で受けていたのです。
戦争中のことですから、
日本精神を有無を言わさず叩き込まれたので、
私の場合はどちらかと言うとそれに反抗反駁しましたが、
それをちゃんとまともに受けて
日本精神が一番だと思っている私の年代の人も
結構たくさんおります。
私が33年間ぶりに台湾に帰った時に同行した日本の友人たちは、
タクシーに乗った時、運転手に日本語で
「天皇陛下はお元気ですか」と聞かれてびっくりしていましたが、
日本では考えられないことですね。
わけてもその後国民政府というのが大陸から入ってきて、
日本がやったよりもっと悪い政治をやったので、
反動的に日本の方が好かれて、
今も親日感情はそのまま残っています。
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