死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第30
貯金をつづけるだけでは、なかなかお金はふえない

貯金をするだけなら、誰にでもできます。
倹約の精神さえ貫けばいいわけで、
ほとんどチエを絞る必要はありません。

チエを絞るといっても、
どこへ預ければ利息が〇・二五パーセント高いとか、
そのくらいのことでしょう。
その程度のことは、一時間も人に話を聞いたら、
たちどころにわかってしまいます。

子どもだって、同じ貯金をするなら
定期のほうがトクだということを知っています。

しかし、ふつうの定期預金では
どこに預けようと金利は決まっているわけですから、
タカが知れています。
ふえないことはないにしても、
ただ貯金をつづけているだけでは、
なかなか金持ちになるチャンスは生まれてきません。
お金をふやそうと思ったら、やっぱりチエが必要なんです。

最近は、炭を使わなくなりましたが、
炭火をおこすときには、タネ火というのを使います。
貯金は、このタネ炭みたいなものと考えてよいでしょう。
それを元手に大きな炭火をおこすわけです。

といって、やたら炭を重ねただけでは、
炭火はすぐ消えてしまいます。
タネ炭から火をおこすには、
それ相応の工夫が要求されるんです。
お金をふやすのも同じで、チエを働かせなければなりません。
そのもっとも手近な方法が株式投資です。

私は、「百万円貯まったら株式投資を考えてみるといい」
とすすめています。
株を始めるためのこまかい注意点については、
『邱永漢の株の原則』でくわしくお話ししましたので、
そちらをお読みいただくとして、
ここで私が強調したいのは、
株式投資は、お金を貯めることとは、
まったく異質のものだという点です。

世の中には、株も貯金の一種だと考えている人も
けっこういるようですが、これは間違いです。

貯金のほうは、よほどの経済パニックが起こらない限り、
元手を失うことはありません。
儲けは少ないかわりに、安全が保証されている。
たとえていうなら、休日の歩行者天国を歩くようなもので、
まかり間違っても、事故に合うことはありません。

いっぽう株式投資は、そこに足を踏み入れた瞬間から、
保証はなくなります。
運転免許を取ったばかりで、
交通の乱れた道路を走るようなものです。

赤信号か青信号か、一方通行か右折禁止か、
つねに気をつけていなければなりません。
また、道路によっては、
安全地帯がどこにあるかを知っておく必要があるし、
道に迷ったら地図も見なければならない。
よほどしっかりしていないと、生命まで失うおそれがあるんです。

もともと、株に限らず、
金儲けというのは、歩行者天国を歩くようなわけにはいきません。
その道の天才が一生かかって研究しても、
これぞという絶対の方法は出てこないんです。

だから、もし株式投資をするなら、
元手ができたから始めようというのではなく、
たったいまからでも勉強してスタートをきることです。

知らない土地へ行くには、
あらかじめロードマップで
進路を調べておくのと同じ理屈です。





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2013年5月1日(水)

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