解説 その3
大宅映子
残された時間があと十年、という所で、
今までのライフスタイルを清算しよう、
そのためには、今まで絶対だとしがみついているものを捨てることだ、
安易な老後は拒否しよう、
と日本を脱出してしまう所が、
邱さんの邱さんたる所以である。
いまの日本、あまりに安定志向が強く、
挑戦する勇気を褒める人が少ない。
まして「不安定な状態に自らを置く」を説く人があろうか。
ただ評論として説く人がいたとしても
邱さんのように決断して実行してしまう人はいやしない。
邱さんは、いまではあの中国ですら
「金儲けの神様」と言われているのだが、
ケチではないし利権で儲けているのでもない。
才覚である。
そしてお金儲けを説いているようであるが、
実は世の中を読み、人生を、哲学を論じているのである。
そう思うに至ったのは、ある時、邱さんに、
”金は儲けただけでは「半成品」で使ってはじめて「完成品」になるんですよ”
と言われた時である。
金は使うために稼ぐもの。
そう、日本は欧米に追いつき追い越せ、と
経済的にキャッチアップすることだけを目標に頑張ってきた。
それを達成しても豊かさを実感出来ないのは、金を貯めこむのはうまくても、
どう使うと豊かなのか、ちっとも知恵がないからだ、と納得がいったのである。
邱さんは合理主義者だから、無駄な金は使わない、
でも”世界の旅”、”食べること”、 ”買い物”、”おしゃれ”をすすめている。
邱さんの年齢の日本男児に、この発想は少ない。
邱さんの本の中には、よく奥さまの発言が出てくる。
合理主義者の邱さんもギャフンとなる超合理主義で迫ってくるからであろう。
先にも書いたが、奥さまの料理上手はつとに有名だが、
結婚した当初は何も出来なかったそうだ。
中国には楽をさせられる間は楽をさせてやる方が良い、
と娘を台所に入れない家風というのがあるという。
でもおいしいものはしっかり食べているからやり出したら即上達するのだそうだ。
物事には色々な見方が成立する、
というのを邱さんの本の中では学ぶことが多い。
日本はあまりにも、大方がそう思う価値観一つが、”良い”考えで、
それに反するのは、”変な”考えになりがちである。
老後についても同じである。
老後のためにお金を貯めねばならぬ、
とそれが目標になってしまってはいないだろうか。
もう少し上手にお金を使って、
今を楽しむことに振り向けたらどうなのだろうか。
確かに邱さんの言うように、七十七歳まで元気で、
さっさとこの世にサヨナラが出来たら理想的だ。
ボケたり寝た切りになったりしないで死にたいのは当然だ。
でも望み通りに事が運ぶとは限らない。
だから余計に、老年になってからどう生きたらいいか、
自分で心づもりしておく必要があるのである。
お金より、健康、好奇心、時間、仕事が大切だ、
と邱さんは言っている。
お金があってもやりたいことがない、では全く意味がない。
残念ながら日本人、特に男性は、
人生の楽しみ方を間違っている気がする。
手遅れにならないうちに、
自分をみつけることに努力してほしい。
しかし邱さんも言っているように、
これは邱さんが初めて体験する老いに対処するため
自分に言い聞かせていることを著した本である。
万人に当てはまることも多々あるけれど、
邱さんと同じには絶対出来ない。
自分流をさがすことをお忘れなく。
皆が邱さん流の元気な老後を志したら、
日本ももう少し活性化するのではないかと思う。
どうか邱さんの元気の素を吸い取って、
自分に生かしていただきたい。
(ジャーナリスト 大宅映子)
邱永漢 死ぬまで現役 完結
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