第18回
病気でも休めぬ講演会
私の場合は年のはじめに、
ほとんど一年間のスケジュールがきまってしまう。
日本にいる間、日曜日を除くほとんど毎日、講演がある。
講演の主催者は、そのために会場もきめてあるし、
聴衆も集めている。
新聞広告をしたり、通知を出したり、お金もかなりかけている。
だから当日の朝になって、
「風邪ひきましたから、休ませて下さい」
と断わりをいうわけにはいかない。
現に三十九度の熱を出していても、
声が出ない状態になっ ていても、
無理をして出かけたことが何回もある。
そういう立場におかれているから、
どうしても健康に気をつけるようになり、
ちょっと風邪気味だ、ちょっとお腹の調子が悪い、
ということになると、
すぐ大事をとって家へ帰って休んでしまう。
夜更かしはほとんどやったことがない。
三十何年間、文筆生活をしているが、
朝まで仕事をしたのは一回しかない。
今でも覚えているが、たまたま林房雄さんに誘われて
銀座のバーまわりを二時すぎまでやった。
そんなに遅くまで酒場にいたことはなかったのだが、
家へ帰りつくと、「文学界」誌から私の書いた匿名原稿に
芥川賞、直木賞委員を揶揄したところがあり、
文藝春秋社としてはどうにも都合が悪いので、
明朝の締切りまでに何とかなおしてもらえまいかと
速達が届いていた。
明朝といえば、あと五、六時間しかない。
やむを得ず、その場で原稿をなおしはじめたら、
夜が明けてしまった。
後にも先にも夜更かしはそれ1回だけで、
あとは時差で寝つかれなかったり、
早く目が覚めたりするくらいのものである。
というのも、一晩通しで原稿を書くと、
次の日は頭がボーッとして何もできなくなり、
結局、夜寝て、朝起きて仕事をやるのと
同じ結果になってしまうからである。
物書きには朝型の人と、夜型の人の違いがあるが、
夜型の人は夜になると目が冴えて仕事がはかどるようだが、
昼間はうつらうつらしているから、
別に人一倍、仕事をしているわけではない。
それに私の扱っている分野は、
川上宗薫や宇能鴻一郎などと違って、
夜の思想ではないから、夜書いて白昼に読みかえしてみると、
どうもしっくりしない。
しぜん昼間、書くようになってしまったが、
朝から書き続けるとタ方にはヘトヘトになってしまう。
しぜん、夜は仕事をしないようになってしまう。
次に三度の食事も、ほぼきまった時間に、
きちんととるようにしている。
芸能人とか文筆家は、時間にルーズな人が多く朝飯、
昼飯をぬかしたかと思えば、真夜中に食事をとったりする。
かと思えば、夜を徹して酒を飲んだりしている。
私の経験によると、食事は三度三度きちんとした時間に、
きちんととったほうがよい。
きちんととる習慣をつけると、胃も腸も、
きまった時間に受入れ態勢ができるから、
規則正しく稼動して、きまった時間に、
きまった量のカロリーを体内に補給する。
身体中がそのカロリーによって正常に動いてゆく。
ところが、もし原料の供給が不規則になると、
頭脳は供給が不足した時に備えて、
身体に指令をして、供給されたものの中から
ストックをさせようとする。
不規則に食事をとる人のほうが、
ちょっと食べただけで肥るのを見てもわかる。
一流企業につとめるサラリーマンは
給料遅配の心配のないせいもあって、
気前よくお金を使うが、零細企業につとめて
明日、会社が潰れるか、明後日、
月給が払ってもらえなくなるかと気を揉んでいるサラリーマンは、
せっせと貯蓄に励むようなものである。
この原理は人間の体内においても働くとみえて、
身体の中の工場を定時に稼動させ、
定時に火を消して休ませたほうが
肥満体にならないですむのである。
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