死ぬまで現役

老人を”初体験”する為の心構え




第5
五十五歳が「男の厄年」

たしかに、六十歳で職場を追われる人と、
六十歳すぎても働き続ける人とでは、
人生に対する気構えが違う。
ある時、長谷川慶太郎さんとお喋りをしていて
同窓会の話になったら、
長谷川さんが同窓会であった昔の友人たちが
それぞれ大会社の専務や常務になっていて、
久しぶりに顔を合わせて面白かった、と愉快そうに話をしていた。

私は、といえば、それとまったく逆であった。
私の同窓生たちはすでに定年を迎えており、
大会社に勤めていた者は社長、
専務になっていた者でももう相談役に退いているし、
部長どまりの者はかろうじて
子会社の社長か重役でクビがつながっている。

役所に勤めていた者は天下りのできた者はよいが、
田舎に引っ込んで庭いじりをしている者もあるし、
大学教授だった者は名誉教授の肩書は持っているが、
現職は駅弁大学の教授か講師である。

閑日月というときこえがよいが、
要するに誰からもだんだん相手にされなくなったので、
同窓会に出てきても気勢の上がらないこと。
昔話をするのがやっとで愚痴をこぼす人が多く、
往年の元気のよさはどこへやら。

長谷川さんと私は五年の違いしかないけれど、
六十歳を境とした上と下で、これだけの差がつく。
仕事のある人と仕事のない人、
世間から尊重される立場とそうでない立場の違いは、
ほんの少しの違いと思うかもしれないが、
一定の年齢になると、天と地ほどの違いになってしまうのである。

「あと五年もたったら、
今、感じていることと違う感じ方をするようになりますよ」
と私は長谷川さんにいったが、
おそらく何年かたったら、
話が通じないことに改めてびっくりされることだろう。

こんな話を私がするのは、定年のあとに何がくるか、
についてはっきりした認識を持たず、
お金さえあれば大丈夫だろうと簡単に思い込んでいる人に
警鐘を鳴らしたいからである。

日本には四千三百万人もサラリーマンがいるそうである。
その中には社長業に就いている人もおれば、
アルバイトに毛のはえたていどの人も含まれているが、
それ以外の大半の人々はいつかは定年を迎える人たちであろう。
どんなに一生懸命働いている人でも、
年輪だけは確実に重ねる。
定年のこない人はいないのである。

そういうことは誰でも知っているし、
その時の覚悟もできている。
しかし、それが実感として迫ってくるのは、
やはり定年の五年くらい前からであろう。
定年を六十歳とすれば、それは五十五歳のことだから、
「男が先行きについて悩む年」すなわち、
五十五歳が「男の厄年」になる。

五十五歳になると、男は俄かにイライラがこうずる。
なかでも一番の不安は、
職を失い収入が半減することである。
たとえば年収一千万円あった人は、
もしうまく新しい職が見つかったとしても、
ほとんど確実に収入は半分の五百万円になってしまうだろう。
年金だけならそれ以下ということが考えられる。
だから、今までに貯蓄したお金と、
退職金だけが生命綱みたいになってしまう。





←前回記事へ

2014年12月1日(月)

次回記事へ→
中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」

ホーム
最新記事へ