第496回
蛸の浜茹でで至福の葉山海岸
矢島さんが綱を手繰りはじめる。
10メーターも進んだところに結び目があり、
そこに蛸壺が別な短い縄で結びつけられている。
蛸壺といっても、壷の形ではなく、
四角い樹脂性のものに丸い穴があいている。
「やっぱり駄目だ、波でヘドロが入っています。
これじゃ、蛸は入らないな。」
矢島さんの言葉に最初の蛸壺は空振りだったことを知る。
確かに、壷の空洞には数センチの厚さで砂が堆積している。
蛸は綺麗好きなので、砂に埋められた蛸壺は嫌うそうだ。
最初の蛸壺は海水で数回洗い、空洞を掃除してから、
再び海底へ沈められる。
そして、長い綱を再び手繰り始める。
その先には二番目の蛸壺が結んである。
これも同じ形状だが、やはり駄目。
砂が入っていると結構重くて重労働。
普段はもっと楽に作業ができるという。
蛸壺というのは、
長い綱に一定の間隔で
壷が結び付けられていることを初めて知った。
確かに連続的に作業ができるので合理的だ。
何個か、蛸壺を矢島さんが調べ、砂を海水で洗い流す作業が続く。
いったい何個くらいの蛸壺が沈んでいるのか質問してみた。
全部で百個くらいとの答え。
蛸壺の間隔はどれくらいの長さかということに興味が沸いてきた。
おそらく蛸一匹一匹の生息テリトリーがあって、
その範囲を越えるくらいの長さに設定しているのだろうと考えて
聴いてみると意外な答え。
それは、水深によるというのだ。
海底から引き上げるうちに、
隣の蛸壺も同時に引き上げるのは重くて大変なので、
水深より少し長めの間隔をあけて、
一回では一つの蛸壺を手繰るように調整しているというのだ。
それで、ここらへんは10メーター間隔だが、
別な場所では3メータ間隔で沈めてある蛸壺もある
という答えに納得。
壷のなかから矢島さんが何か取り出した。
よく見るとたくさんの小石が入っている。
「この壷には一度蛸が住んでいたけど、また去っていったんだよ」
と残念がっていた。
蛸は蛸壺に住むと入り口に小石のバリケードを積んで、
中が見えないようにするという。
夜は餌獲りに壷から這い出して
明け方にまた同じ住居に帰ってくる。
夜遊び好きで俺に似ていると矢島さん。
そんな話を聞きながら、次々と蛸壺が引き上げられていき、
中を海水で洗ってからまた沈める動作を眺めていた。
四角い形状だけではなく、円筒型のものもある。
これは塩化ビニールの空洞の下のほうに
コンクリートを詰めて重くしたもの。
昔ながらの壷の形状をしたものもある。
昔は赤い色の素焼きのものが使われていたが、
いまではどこも造っていないらしい。
赤い色は蛸にとって保護色となるので、入り易いらしい。
しばし眺めながら蛸漁の話しを興味深く聴いていたら、
突然矢島さんがニッコリと微笑んで、壷の中をこちらに向ける。
奥のほうで蠢いている物体があった。
ついに、蛸を捕まえる瞬間に出会ったのだ。
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