|  第327回蕎麦屋「玄」
 奈良市に行く用事ができて、久しぶりに玄の蕎麦を堪能した。「玄」は春鹿酒造の離れにあり、
 古い庵風の建屋は路地裏にある入り口からして風情がある。
 格子戸をあけて店内に入り、
 数奇屋造りの座敷で小さな庭を見ながら食べる蕎麦は絶品だ。
 ご主人の島崎さんは、もともとオーボエのリード造りなどをしていたが、
 蕎麦打ちの魅力にはまり、蕎麦屋を開業する。
 「玄」は大阪の「凡愚」、丹波篠山の「ろあん松田」と並んで、
 関西圏で突出している蕎麦屋だ。
 せいろは長野県奈川村などの蕎麦の名産地から
 玄蕎麦(蕎麦の実で殻を剥いていないもの)を取り寄せ、
 それを脱皮機にかけて丸抜きにして、
 自家製粉したものを手打ちにする。
 田舎蕎麦は玄蕎麦をそのまま製粉して、
 篩(ふるい)によって、殻を除去した粉で作る。
 せいろ、田舎とも細切り。1日限定30食なので、予約したほうがいい。
 せいろは清楚な旨さがあり、とても滑らか。
 するすると口のなかに消えていく。
 田舎は野趣味豊かで、落ち着いた香りと濃い味わいを愉しめる。
 喉越しもとてもいい。
 今回は直後に会議を控えていたので、日本酒を飲むことができずに残念だった。
 「玄」には100種類以上の地酒が寝かしてあり、
 夜には1万円のコースの料理に合わせて、
 島崎さんが地酒を選んでくれる。
 昼は春鹿だけだが、蕎麦掻や蕎麦切りにあわせて愉しめる。
 蕎麦を食べ終わって、デザートの蕎麦饅頭をいただく。
 これが極上の手造り和菓子。
 蕎麦粉を吉野葛で固めた皮はぷるんと口のなかでふるえ、
 その中から上品な甘さの餡が溶け出してくる。
 まさに、昼の「玄」の最後を飾るにふさわしい旨さと趣きだ。
 食べ終わって、島崎さんに「世界一旨い日本酒」を進呈し、しばし、蕎麦事情について情報交換。
 ついつい長居をして、会議には遅刻するはめになってしまった。
 蕎麦を熱く語る島崎さんは、
 本当に蕎麦が好きで好きでたまらない、
 ということが顔に滲みでてくる。
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