第211回
日本酒の造りの歴史 その1
大陸からの伝承と日本独自の進化
日本酒の本を執筆するうえで、
その造りが大陸からどのように伝わり、
日本の風土のなかでどのように技法が発展してきて、
近代醸造技術が完成したかということについて、
あらためて調べなおした。
今週は、5回にわけて、日本酒の造りの歴史を紹介したい。
麹を用いる醸造技術は
弥生中後期に大陸から伝わってきたといわれている。
しかし、日本ではその技術を学びながら、
大陸の造り方をそのまま踏襲はせず、
独特の酒造りに進化させていく。
大陸の「黄酒」は
「くものすカビ」を発育させて麹造りをしていたが、
日本酒は「黄麹」を使った麹造りをするようになる。
大陸で使う麹は糖化能力だけでなく
アルコール発酵力を持っているが、
日本酒の「黄麹」はアルコール発酵力を持たない。
そこで、酵母の助けを借りてアルコール化をすることになる。
何故、日本が大陸と同じ麹を使わなくなったかは謎で、
まだ定説はないようだ。
しかし、「黄麹」を使うことによって、
麹と酵母を同時に働かせる併行複発酵の方式が工夫され、
他には類を見ない高度な醸造方法として、
日本独自に発達することになったわけだ。
麹の作り方も大陸では、
麦や米に水を加えた餅を作って
そこに「くものすカビ」を付けて麹を造る。
これをモチ麹と呼ぶ。
日本酒は米の一粒、一粒に麹菌をバラバラにつける
バラ麹と呼ばれる造り方をする。
麹造りの期間も違う。
日本酒では麹造りはまる二日と短期間だが、
添え仕事、中仕事、仕舞い仕事と三段階にわけて作業を行う。
大陸の麹造りは数週間と長期間カビ付けを行うが、
その間は放って置くおおざっぱな造り方だ。
日本酒はきめ細かい麹造りと酵母造りの連携作業によって、
中国の紹興酒などの黄酒に比べて
より繊細で複雑な味を持つことになった。
日本酒は明治になるまで、
化学分析による製造技術の科学的解明は行われていなかった。
しかし、千三百年に及ぶ製造技術の工夫は、
灰を用いた清澄、雑菌を駆除しながら
酵母を純粋に培養するための(もと)造り、
安定した保存のための火入れ、など、
麹造り以外にも高度な酒造りの技術を
経験によって培ってきたのだ。
明治初期に政府の招聘で
指導に来た英国人アトキンソン教授は、
日本酒の醸造技術を調べていて驚愕した。
少し前に、パスツールが
「低温殺菌法」を発表したことに衝撃を受けていたのに、
日本酒はそれよりも六百年も前から
「火入れ」を行っていたことを知ったからだ。
このように、日本酒の造りの技術は
科学的な解明が行われ始めた時期よりも遥か前から、
現在の造りの基本となる高度の醸造技術が
長年の体験により確立していたのだ。
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