“蕎麦屋酒”の著者がプロ顔負けの美味探求

第51回
器と美味しさ

いい器は見た目も美しいが、
実際に食器として使ってみなるとそのよさがさらにわかる。
先日、木曾在住の佐藤阡朗さんの漆器展が
銀座で開催していたので訪問した。
皿、盆、椀、酒盃など、
どれも格調高い美しさと、使いやすさを兼ね備えた逸品であった。

漆器は日本の伝統工芸だが、
いまでは後継者が少なくなっているばかりか、
本来の伝統的から外れて、機械化が進められている。
佐藤阡朗さんは、ほとんど生産されない国内産の漆を全てに使い、
クロメという水分を飛ばす作業も手で行い、
頑なまでに昔からの伝統的な
手間隙かけた漆器造りにこだわっている。

今回の展示会では酒盃を購入した。
「うるみ天目盃」という側面が丸みをおびている
ぐい呑みの厚みを薄くしたような盃だ。
これまで、平たい形状の「朱文字盃」と
台がついている「明朱馬上盃」の二種類を持っていたが、
今回の盃はその塗りの美しさと
深みのある見事な姿に一目ぼれして買ってしまった。
漆器は長年使っているうちに、
漆の酵素により塗りが成長して景色が変ってくる趣が楽しめる。

漆器の盃で呑む酒は、器の唇への当たりが柔らかく、
器の主張を感じずに呑める。
磁器、陶器、切子もいいが、
盃を口につけると冷たく固い感触がする。
漆器では温かく、エッジも薄く、酒の味をダイレクトに味わえる。

漆器でも、磁器、陶器、切子でも重要なのは盃の形状だ。
よく、口が狭くて細長い盃を使う店があるが、
あれは、口の中の一箇所にしか酒が注入できずに、
味がわかりにくい。
以前解説したように、人間の舌にある味覚細胞は甘み、
苦味、酸味などの種類ごとに別な場所に分布しているので、
口のなか全体に酒がまわる形状の酒盃がベストだ。
阡朗さんは酒を飲めないが、
昔の酒器の形状を守って、酒飲みが惚れる盃を作っている。


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