| 第10回酔っ払い海老
 天然の車海老は海老の王様と言ってよいほどの最高の味だ。海老といえば伊勢海老が最高と思う人が多いようだが、
 車海老に比べれば一ランクは劣る。
 天然車海老は味わいの繊細さ、肉質の肌理細やかさ、
 香りの上品さを兼ね備えており、
 ちょっと火を通して人肌程度の温度で食べると
 天使が口のなかで踊るような感動を覚える。
 で、今回の宴会ではただ茹でたり、煮たり、揚げたり、焼いたりということでは面白くないので、
 酔っ払い海老をさらに火を通すという調理法を考えた。
 酔っ払い海老は中華で上海蟹などで行う手法で、
 活きたまま老酒などの酒に漬けておくという調理法だ。
 今回は日本酒の古酒を用いた。
 十旭日(じゅうじあさひ)
 という島根の地酒の平成2年醸造の純米古酒である。
 海老を古酒に漬けたあとは、頭を取り、殻を剥き、その頭と殻を包丁で細かく砕いて、
 漬けておいた古酒に醤油、味醂などで調味したものをかけて、
 フライパンで炒めて
 アメリカンソースというか、海老殻のスープを作る。
 そのスープでさきほど漬けていた海老の身をさらに茹でた。
 このやり方により、普通に茹でるのとは違い、
 海老の味が逃げる心配はなく、逆に味わいが深まる。
 海老はそのまま汁の中で人肌くらいになるまで冷まし、
 スープだけを煮詰めてソースとしてかける。
 酔っ払い海老の和風仕立てが完成したが、大好評であった。古酒の味わいが海老の甘みを引き立てて、
 古酒の香りが海老の独特の癖を旨みに変えている。
 海老をつついている顔はとても幸せ感に満ちていた。
 同じ食材の出汁を用いて火を通す手法は、
 上野修三さんが雑誌に書いていたのを参考としたが、
 食材の味わいがとても深まり、
 日本料理の新しい可能性を感じさせた。
 |