中国人と日本人 邱永漢

「違いの分かる人」へのヒントがあります

第78回
お金の次に大切なものは義理人情

では、これほど経済観念の発達した中国人が、
なぜ金づくりの面で日本人に後れをとってしまったのであろうか。
考えれば考えるほど奇怪な話であるが、
これにはいくつかの理由が考えられる。

まず第一に、おかれていた環境が違っていたからであろう。
日本人が物さえつくればいくらでも売れる環境におかれて
物をつくっていた時期に、
中国大陸では前時代的な資本主義を清算して、
いきなりソ連式の管理経済に突入してしまったために、
中国人本来の機動性が抑止されてしまったことであろう。

マルクス主義を信奉する人民政府の下で私有財産制が否定され、
企業の国営化や賃金の画一化に走ったのは
やむを得ないことであるけれども、
中国人のホモ・エコノミクス的性格を抑え込んでしまえば、
生産意欲はガタ落ちになってしまう。

日本人が先頭を切って走り出した時に、
中国人は手足をがんじがらめにされて
釘づけにされていたのだから、
日本人に先を越されたとしてもやむを得ない。

第二に、中国人はつくることよりも、
儲けることに重点をおく商人的性格である上に、
共産主義の下ではもっぱら、分配に気をとられて、
生産に力が入らなかった。
台湾、香港、シンガポールなどで経済活動をやる場合、
つくることより儲けることばかり頭にあるから、
もっと高く売れそうな
高品質の物をつくることにまで頭がまわらない。

もちろん、世界中には貧乏人が多いし、
中国人自身も貧乏しているのだから、
貧乏人に売れる物をつくればよく売れる。
香港や台湾の商人たちはこのことに気づいていたので、
もっぱら低所得者向きの生産に力を入れてきた。
おかげでこぞって短期間にNIEsの仲間入りをすることができたが、
付加価値をつけることによってもっと
完壁な商品をつくりあげることについては、
日本人ほど熱心ではない。

日本人はもっとよい商品をつくって、
もっと高く売ることに夢中になる。
同じ材料を使って二倍に売れる物をつくれば、
二倍金持ちになったようなものである。

大した資源に恵まれなくとも、
日本人が世界の金持ちにのしあがったのは、
こうした高付加価値の商品づくりに成功したからである。

日本人は率先して労働力の生産性をあげたから
金持ちになったのであり、
中国人はその点で日本人に後れをとっているから、
日本人の後塵を拝するようになってしまったのである。

第三に、工業生産にチーム・ワークは不可欠である。
そういう体制づくりで日本人には一日の長がある。
この半世紀、マルクス主義の影響を受けて
分配にばかり気をとられていた共産党政府も、
生産の増大が豊かさへの道であることにようやく気がついた。
同じ生産をしても付加価値の追求をしたほうが
富の増大につながることもわかっている。

それゆえ、外資を導入したり、
市場経済へ切り替えたりする方向へ
思いきって軌道修正をしたのである。
しかし、いくら役人が先頭に立って舵を取っても、
何千年にわたって中国社会にしみついた
官僚専制主義の錆をおとすことは容易でないし、
また共産主義になってから
新しく権力者の仲間入りをした人々の既得権益を崩すことも
容易なことではない。
さらにそうした体制から身を守るために、
中国人の身体にしみ込んでしまった利己主義や
保身術を洗い落として、
チームの利益を優先させる体質になおすことは
至難の業と言ってよいだろう。

こうした日本人と中国人の違いは
長い歴史の間に築かれたものであるから、
その欠点を指摘して、
中国人に日本人とそっくりのことをやれと言っても、
どだい無理な話である。
もし中国人社会で生産にはずみがつくことがあるとすれば、
それは日本人のような
会社社会主義を導入することによってではなくて、
おそらく中国人の利己主義をもっとうまく利用した、
アメとムチを併用したシステムを考案することに
成功した場合であろう。

働けばそれに見合う報酬をあたえ、
怠ければ減俸や昇進のストップなど、
しかるべき罰則を適用することである。

韓非子は中国人がホモ・エコノミクスであることを見破って、
すでに二千年も昔に、徹底的な法治国家の必要を提唱している。
日本人は中国人が信用を重んずる君子の国と思っているが、
その中に入り込んで真っ先に発見することは、
約束を守らない人が多いことであろう。

なかでも最も多いのはお金のために
平気で契約を反故にすることであろう。
相手のお金をまきあげるのも、
お金儲けの方法の一つと考えているから、
詐欺、横領、使い込みなどは中国人社会では日常茶飯事に属する。





←前回記事へ

2012年10月25日(木)

次回記事へ→
中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」

ホーム
最新記事へ