第66回
市場経済化は、単なる資本主義の復活ではない その4
負け犬の遠吠えのように聞こえるかもしれないが、
もう少し好意的に見れば、
共産主義による四十年の苦しみを経て、
中国全体が次に進む道を模索する
真剣なステップとして理解すべきものであろう。
たとえば、この一、二年外資を導入するにあたって、
土地の私有を認めるかどうかが大きな問題になった。
せっかく私有財産制を否定して、
すべての土地を国有化した人民政府としては、
全面的な私有化を認めるについてはためらいがある。
しかし、土地の長期使用を認めなければ
外国企業が投資してくれないことも事実だし、
さしあたりそうした使用権の譲渡を認めなければ、
企業が銀行から融資を受けることもできない。
香港や台湾からの進出企業が二言目に要求するのは、
土地に対する権利を認めよ、ということである。
最近になってようやく中国政府は、
長期租借権を認めるようになった。
いまのところ、商業地や工業用地は五十年、
住宅地は七十年と小出しに認めはじめているが、
その原形は言うまでもなく香港である。
ご承知のように、香港の土地はすべてイギリス女王のものであり、
香港政府は、それを昔は九百九十九年、ついで九十九年、
戦後はもっばら七十五年期限で民間に売り渡すようになった。
売りに出すのは所有権でなくて、あくまでも賃借権である。
賃借権は譲渡も売買も自由だから事実上、
所有権とあまり変わりはない。
所有権と違うのは期限が来たら、
また一定の地価を政府に納付することである。
香港の場合、狭い地所に三十階とか、
四十階の高層建築が建っているので、
一戸当たりが占める土地の面積は小さい。
小さいから地価の再納付を迫られても
そんなに大きな負担にはならない。
さんざんためらった末に中国政府は、
こうした香港の土地システムを採用するようになった。
このシステムなら土地は依然として国のものである。
しかし、使用権の譲渡や売買を許可することによって
企業家たちの要求に応えることができる。
日本やアメリカの資本主義とは一線を画する新しい試みである。
この一例を見てもわかるように、
いまの中国政府は既存の資本主義とはニュアンスの違う
システムをつくりあげることによって、
自分らの過去を正当化したがっている。
そうした苦心のあとが「社会主義市場経済」
という言葉に集結されている。
中国は、いまイギリス式でもなければ、アメリカ式でもない、
従来の資本主義とは少々違った方向に向かって
歩き出しているのだと思えば、
理解がしやすいのではなかろうか。 |