中国人と日本人 邱永漢

「違いの分かる人」へのヒントがあります

第51回
日本が会社社会なら中国は人間関係社会 その2

日本人には想像もつかないことだが、
中国人は人にちょっとしたことを頼む時でも、
決してストレートにその人の家の門を叩いたりしない。
まず、その人とふだんから親しくしている人を探し出し、
その人にあらかじめ連絡してもらうか、
紹介状をもらってから訪ねて行く。

紹介してくれた人がたまたまその人にとって
特別関係の深い人であれば、
初対面であっても極めて鄭重な扱いを受ける。
最初から単刀直入に立ち入った用件を持ち出してもかまわない。
たとえ法律スレスレのことであっても、
仲間意識があるから然るべき抜け道を教えてくれるし、
親身になって心配してくれる。
こうしたことは私自身もしばしば経験している。

たとえば何年か前のこと、
台湾のある信用合作者が倒産して
センセーションを巻き起こしたことがあった。
倒産が表面化する直前に、
台湾銀行がこの合作者に何十億元かの融資をし、
合作者が政府の高官やその関係者に預金を払い戻した事実を
私がオーナーをつとめている雑誌の記者たちがつきとめた。

特ダネだから、記者たちは喜んで筆をとる。
この融資に時の行政院長(総理)がかかわっていると
次号の雑誌が書いた。
ほかの新聞や雑誌にいくら書き立てられても、
ヨタ記事ですんでしまうが、私のところは読者も圧倒的に多いし、
世間の信頼度が高いから、行政院長は立ち往生してしまった。

私は東京に住んでいて、編集の内容には直接タッチしていないが、
困ったことが起こると、私のところまで話が持ち込まれてくる。
月に一ペん台湾に行く私が台北の飛行場に着くなり、
すぐ某大臣と某銀行頭取に電話をくださいと伝言があった。
二人とも私がふだん親しくしている友人なので、
「どうかしましたか」と電話をすると、
はたして雑誌に載っている記事のことで、
「もう活字になってしまった分はやむを得ないが、
あとは何とかお手柔らかに願えませんか。
これは秘書長(官房長官)からのたっての頼みだから、
僕の顔も立ててくださいよ」と、
二人とも同じことを異口同音に言う。

記事に書かれたことが根も葉もないことだったら、
おそらく雑誌の発行人である私を
名誉毀損で訴えることもできただろう。
日本の閣僚などは、根拠のあることでも何かと言うと、
裁判所に訴えて出る。

しかし、中国人はそういうことは決してやらない。
うっかり私を訴えたり、発禁にしたりしようものなら、
騒ぎはさらに大きくなって、
雑誌の再販を呼ぶことになりかねない。
波風を立てないでその場をおさめようと思えば、
搦め手から抑え込むに限る。
そのためには人間関係がもっとも効果的であることを
中国人は熟知しているのである。
この時の経験で、私は中国人の社会は人間関係で
できあがっていることを改めて痛感した。
それにしても、どうして私が誰と親しくして、
誰とどういう関係にあるかをああもよく知っているのだろうか。
中国の政界や官界で立身出世するためには、
自分の上役をはじめ、
長官たちの人間関係に精通していなければならないことが、
この一事を通じてもよくわかる。





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2012年9月27日(木)

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