第38回
これほど政府を信用しない国民も珍しい その2
今日の台湾が外交的には宙ぶらりんな位置に
おかれているにもかかわらず、
世界一の外貨準備高を誇る金持ちの国になり、
かつ中国大陸よりはるかに人権を重んずる
自由主義国家の一員になるについては、
この身体は小さいが、
父親を反面教師とした志の高い政治家に負うところが大きい。
これは余談だが、蒋経国の死後、長い間、
国を留守にしていた宋美齢がアメリカから帰ってきて、
亡夫の旧部下たちを結集して政権の奪回を試みたことがあった。
しかし、国を私物化した独裁の時代はすでに去っており、
大勢を挽回することはついにできなかった。
とうとう最後に見切りをつけて、
処分できる財産はすべて処分し
(そのなかには台北市のさまざまの
団体の名義で持っていた土地も含まれている)、
蒋介石と結婚する前に生んだと噂されている孔二姐
(孔祥熙の二番目の娘で、旧台湾神社跡に建てられた
グランドホテルの総経理をずっとやっていた)
ともども、ニューヨークに引き揚げて行った。
その時、飛行機で運んだ荷物が
百二十個にも及んだ、と新聞は報じている。
それと対照的なのが、蒋経国の未亡人で、
この人は蒋経国がロシア留学中に結婚したロシア人である。
夫の死後、あまりに疲れ切っている様子だったので、
「しばらく海外旅行にでも行ってきて
のんびりされたらどうですか」と新聞記者が聞いたら、
「旅行に行けとおっしゃっても、
行くだけのお金もありません」
という返事がかえってきた。
同じ蒋家の人々でも、
皆、前時代的な人々ばかりではないのである。
さて、蒋介石と入れ代わりに
大陸では毛沢東の人民共和国が誕生した。
これは何千年の中国の歴史にとって画期的なことである。
プロレタリア独裁を看板にして
無産階級の政府ができたのだし、
地主も資本家も追放された。
いよいよ待ちに待った民衆の味方をする国ができあがった。
少なくとも延安からはるばる北京まで乗り込んできた
革命運動家や共産軍の幹部たちはそう考えた。
しかし、中国人の大半は必ずしもそうは考えない。
もっとずっと醒めた目で世の移り変わりを眺めている。
それは王朝が変わっただけのことであって、
王朝が変われば、
過去の王朝に仕えた人女は清算されるにきまっている。
今度の王朝は過去に類例をみない苛酷な過激派だから、
逃げおくれたものは殺されるか、牢獄につながれる。
昨日まで有産階級だった者は
今日から乞食よりもっと哀れな立場におとしめられるのだから、
自分の国から生命からがら逃げ出した者は
その日から亡国の民だし、
逃げそこなって国に残った者も決して勝利者ではない。
勝利者は新しい支配階級にのしあがった
共産党の幹部やそれに従って田舎から出てきた
農民や労働者たちであり、大半の人民は依然として被支配者である
それでも地主や資本家や反動分子として濡衣を着せられ、
町中をくさりにつながれてひきずりまわされないだけでも
幸運と言わねばならない。
そういう人たちは何にもまして保身に気をくばる。
内心、共産党を憎んでいる者ほど人一倍大きな声で
「毛沢東万歳」を叫ばなければ、身が保てないのである。
中国人は戦乱の世の中を生き、
あまりに多くの見てはいけないものを見、
体験する必要のない体験をしてしまった。
そういう中国人に、国を信じよと言ってもどだい無理な話である。
中国人に「国を愛していますか」と聞けば、
もちろん「愛しています」と答える。
「オリンピックで自分の国の選手が勝った時は嬉しいですか」
と聞かれたら、中国大陸と台湾を問わず、
全世界に散らばっている華僑が一致して大きく頷く。
しかし、「自分らの政府を信じますか」
「政府が自分ら国民のために力になってくれると思いますか」
と聞かれたら、大半の中国人は首を横にふるに違いない。
それほど中国人に信頼されていないのが、
中国の政府なのである。 |