第32回
職人と商人とでは喧嘩にならない
日本人に比べると、中国人は物の値段にはるかに敏感である。
どこへ行けば物が安く手に入るか、
日本に住んでいても日本人よりよく知っている。
日本人はどこに行っても、
言われた値段で物を買うことに慣れている。
デパートで物を買う場合でも、定価通りに物を買う。
中国人はまず絶対に定価通りに物を買わない。
デパートのように値引きしないとわかっているところに行っても、
必ず一度は値切ってみる。
どうせ負けないだろうと思いながら、値切ってみると、
それが意外にもすんなり負けてくれたりする。
まさか夕オル一枚、石鹸一個買って負けてくれとは言わないが、
数量が多ければ、外商まわしということになって、
二○%程度ならちゃんと値引きをしてくれるのである。
駄目でもともとだから、値切って負けてもらえれば、
思わぬ儲けをしたようなものであろう。
中国人が必ず値切ってみるのは、
習慣的にそうであるということのほかに、
物の値段は売手が一方的に決めるものではない、
ちょうど鋏に上の刃と下の刃があって、
両方合わせなければ切れないように、
売手と買手の呼吸が
うまく合う必要があると思っているからである。
それは習慣というよりは哲学である。
哲学というよりは信念である。
だから負けないとわかっていてもかまわずに値切る。
散髪代や切手代はさすがに値切らないが、
あとは何でも値切る。
値切って絶対に負けなかったりすると、
「人の顔を立てない奴だ」「融通のきかない奴」
と怒り狂って出て行く。
そういう値切りも見込んで、
中国の商人たちはあらかじめ高目に値をつけておく。
値切られると、「これじゃ大損だ」
と身ぶり手ぶりで拒否しながらも、
最終的には値引きに応ずる。
本当はそれほど上手な買物でなかったかもしれないが、
顔を立ててもらったということで、
お客のほうも満足して引き上げて行く。
中国人のそうした心情を理解しない日本人は、
値切られても応じないばかりか、
なかには怒り出す人もある。
すると中国人のほうも怒って出ていく。 |