第19回
コリアンダを食べさせたら日本人かどうかわかる その2
日本料理は目と口で食べても、鼻で食べることはない。
したがって日本人は匂いのある
野菜やかおりの強い香辛料はほとんど受けつけない。
たとえば、ニンニクである。
ニンニクは胡蒜と呼ばれているくらいだから、
中国に固有のものではないが、
中国に入ってくると、中国人の常食の一部となった。
ニンニクはナマで食べると悪臭を放つが、
火を通すと悪臭が芳香に一変する。
中国人のような肉食民族にとって、
ニンニクは肉の臭味を消す大事な香辛料である。
朝鮮半島くらいまではニンニクの版図となったが、
日本に入ると、鰹の夕タキを食べる時とか、
焼肉を食べに行った時くらいしかお目にかかれない。
朝鮮半島の人たちは料理に使うだけでは飽き足らず、
ナマでそのまま齧らないと気がすまない。
隣り同士であっても、
日本人と朝鮮の人は嗜好に天と地ほどの差がある。
緯度的にもほとんど同位置にあるし、
島国日本の住民は魚しか食べない。
遥か昔を辿ればルーツの違う民族であることを
証拠立てるものであろう。
肉食民族と魚食民族とでは
食べ物に対する嗜好がまるで違う。
魚食民族が食べ物の匂いを消すために
ワサビや辛子や生姜を使うのに対して
(即ち匂い消しに努めるのに対して)、
肉食民族は、胡椒、肉桂、ニンニク、 サフラン、 カレーなど、
肉の臭味より強い香辛料で肉の匂いそのものを消してしまう。
肉の臭味をとるのではなくて、
肉そのものの味と匂いを別のものに変えてしまうのである。
そういう料理になれていない魚食民族は、
こうした香辛料が輸入されても、
それをどう使ってよいか戸惑ってしまう。
そのせいか、ほとんどの香辛料を台所から締め出してしまった。
同じ野菜でも、かおりの高い野菜もついでに締め出してしまった。
ニンニクは言うに及ばず、
ニラもセロリも芫茜(コリアンダ)も、
匂いのする野菜はほとんど日本料理には登場してこない。
戦後、野菜をナマで食べる習慣や、
ニンニク、ニラの類を妙める中華料理が
日本国内に持ち込まれるまでは、
日本人は匂いの強い野菜は一切受けつけなかった。
サラダや餃子が普及するようになっても、
セ口リやニンニクやニラは
匂いを嗅いだだけでご免という人は少なくない。
特に中国のパセリともいうべき芫茜は、
中国から東南アジアにかけて広く料理に使われている。
料理が仕上がった上に、パラパラとかけられる。
クアラルンプールあたりの露店に出てくる
排骨茶と呼ばれる骨付き豚肉のスープの
上にものせられている。
あれは料理に芳しい匂いをつけるためであるが、
あの匂いに馴染めない日本人だと、
匂いを嗅いだだけで胸が一杯になって食欲を失ってしまう。
だから私は冗談半分に、東南アジアから中国大陸に
駐在員を派遣する日本の会社は、派遣する前に、
社員に芫茜を食べさせてみるとよい、と言っている。
何しろ料理という料理の上に芫茜が出てこないことがないから、
あれをいちいちつまみ出さないと食事ができないようでは、
東南アジア勤務は覚束ない。
反対に芫茜でも、セロリでも、ニラでも、
匂いのついた野菜を平気で食べられる人は、
中華料理やタイやインドネシアの料理が苦痛にならないし、
わざわざ日本からお茶漬海苔を持って行かないでもすんでしまう。
冗談のようにきこえるかも知れないが、
私が台湾へ派遣した日本人を見ていると、
芫茜の食べられる人は現地で結婚し今も現地で勤務しているが、
芫茜が食べられない人は途中で職場放棄をして
逃げて帰ってきている。
もちろん、芫茜が唯一のリトマス試験紙ではないが、
匂いに対する反応を見ると、
日本人的な日本人か、
日本人離れをした日本人かの分類ができる。
日本の清らかな水と、その水に育てられた
魚や米を食べないと生きて行けない日本人には、
外国勤務などできないと思って間違いない。
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