そのバアさんが見るからに強欲そうで、お茶を一杯持ってきてもチップを払うまで引き下がろうとしない。そんなバアさんに家までついて来られて、ベッドにお茶を持ってくるたびにチップを要求されるのではたまらないから、宴会が終わって花嫁と私の車に乗り込む間際になってから、
「この人は帰ってもらいたい」
と私は言った。
「せっかく高いお金を奮発してやとったんですよ」
と家内のおふくろさんは言う。
「そんなことをおっしゃっても、私が要らないと言っているんですから」
と私が拒否すると、
「私のメンツを立ててくれないのですか?」
とおふくろさんは皆の前で泣き出してしまった。私がなおも頑なに拒否し続けると、
「親を泣かせることはないだろう」
と家内の兄弟たちが私をとりかこんだ。
「衆をたのんで私をおどすつもりですか。いやなものはいやなんだから」
と私も負けずに怒鳴りかえし、花嫁を車の中に押し込むと、その隣りに乗り込み、運転手の隣りの席には私の姉に乗り込んでもらって、さっさと我が家に向かった。
家内は家内で泣きの涙をハンカチで押さえているし、姉は姉で、「私は東京に帰るから恨まれてもかまわないけれど、あとに残ったあなたのことが心配だわ」
としきりに首を横に振っている。
車は渡し船で海を渡り、私のマンションに向かった。マンションの前で車を下りると、あとを追ってきた車の中から、家内の兄や姉が五、六人とび出してきて家内の腕をつかまえ、
「帰ろう、帰ろう」
「もしこの家に入るのなら、二度と家へ戻ってくるな」
「もう妹とも思わないぞ、それでいいか」
と口々に叫びながら、強引に花嫁を私から引き離し、自分らの車の中に押し込んでしまった。
私は戸口に立ってしばらく待っていたが、やがてエンジンの音がして車が走り去ったので、そのまま扉をあけて中に入った。それが異国で迎えた私の結婚の初夜であった。
私のすぐ下の妹は親の反対を押し切って外省人と結婚をした。家をとび出して自分らで別に仲人を立てて親の出席しない結婚式をやった。仕様のない奴だと思ったが、ある意味では、頼もしい限りの女と言ってよいかもしれない。それに比べると、なんと信ずることの薄い女だろうか。
それを思うと未練はなかった。しかし、彼女の受けた精神的な打撃も決して小さくはなかったはずだ。それを思うと、目は冴えるばかりで、とうとうまんじりともしないまま朝を迎えてしまった。 |