第35回
商品学(中国陶磁編)
5.海を渡った唐三彩 今頃きっと党幹部
空港に着いたら白いカッターシャツ姿の
25、6歳くらいの背の高い青年が迎えに来てくれていた。
一昔前のまじめな田舎の学校の先生という感じだった。
名刺の交換をすると
彼は北京市青年同盟の支部長みたいな人だった。
他に通訳が1名いて
この人も青年同盟のメンバーですごく賢そうな人だった。
何しろ空港で挨拶してしばらくして
「先生、トルという言葉にいくつの意味がありますか」と聞かれ
指折り数えたが5つしかどうしても思い出せなかった。
しかし彼はすらすらと8つばかり紙に書くのだ。
通訳といっても大変な勉強家で
日本の辞書に載っている殆どの熟語の意味がわかるといっていた。
彼は北京大学の学生とも言っていた。
最初から圧迫感と素直さの同居したややこしい青年達だった。
2人とも僕と同年輩か少し年少だったが、
名前で呼んでくれと幾ら言っても僕のことを先生と呼ぶ。
まあしょうがないかとほうっておいた。
後からよくよく考えると
言葉の意味を聞いたのはどうもテストされていたような気がする。
こんなことは良くあるので中国では気をつけたほうが良い。
馬鹿だと思えば表面は先生、先生といってくれるが
心の中では軽蔑される。(これは約三十年も前の話だ。)
この人たちは今頃きっと
中国政府の幹部になっているような気がする。
促されて空港の外に出ると
紅旗という中国で一番高級な乗用車が停まっていた。
それが僕の前に横付けされた。
するとその近くにいた人たちが僕のことを誰だ、
という感じで注目するのだ。
通訳の説明によればこの車種に乗る人は
政府の重要人物か外国の賓客だそうだ。
よほど偉い人でも上海という車種だとのことだった。
身分に上下のない共産主義国家が
何で車種によって人の格付けをするのか疑問に思った。
乗ってみると紅旗の室内は広く、
ロールスロイスと同じような
ローズウッドの木彫の内装が施されていた。
雰囲気だけはとても良い車だったので思わず頬が緩んだ。
ブアーという重い大きなエンジン音の割には
加速の悪い車だったことが今でもはっきり思い出される。
この紅旗もしばらくたってクラシックカーの仲間入りして
そこそこの値段が付いたと新聞で読んだことがある。
宿舎の北京飯店に着くと
人民解放軍の銃を持った兵士が僕に敬礼をしてくれた。
しかし、後で車に乗らず一人ひょこひょこ北京飯店に入ったときは
兵士は知らん顔をしていたので
その時はたぶん紅旗に敬礼をしたのだろう。
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