中国語に「医食同源」というコトバがある。薬も食べ物も、同じく口から入るから、両者は同じ作用をするもので、ふだんの食べ物に気をつけることが健康のもとであるという考え方である。そういう考え方に立てば、病気になったり、老人になったら「食べるのを控える」のではなくて、どこまでが食べ物で、どこからがクスリなのか、はっきりした区別はない。「燉品」とか「補食」というのは、冬の寒いときに身体が冷えるのを防ぐために食べる蒸し物の料理のことで、日本語でいえば、ホルモン料理であろうか。「燉」とは、二重鍋で蒸すという意味で、茶碗蒸しのように、外側の鍋の中はタダの水が入っていて、内側の鍋の中は鶏とか家鴨とか羊肉の中に、当帰、枸杞、朝鮮人参のような漢方薬が加えられている。
なかには、牛鞭(牛の陰茎)、羊卵(羊の睾丸)のような、そのものズバリの臓物と補血作用をする漢方薬を処方している場合もある。
それらを二重鍋で蒸すのは、高湿で調理すると、栄養素が破壊される心配があるからであり、そのものズバリを使うのは、動物の機能も人間の機能も本質的には同じものだと考えているからである。
「補食」の「補」とは、人間の機能の不足する分を、食べ物で補うという意味である。
この考え方自体には、重大な誤りがあるとは思えないが、いまの医学の知識でいうと、性欲をつかさどるのは、牛鞭、馬鞭の「鞭」そのものではなくて、内分泌の作用であるから、たとえ象の「鞭」を借りても、どうにもならないのではあるまいか。
しかし、中国人は食べ物一つ一つに、それぞれ漢方の原理に従って、「熱」と「冷」の分類をしている。
「熱」とは体温をあげるもの、血圧を高くするもの、頭をのぼせさせるもの、「冷」とはその逆の作用をするものである。
たとえば、茘枝とか龍眼は、たとえ果物であっても、「熱」気のある食べ物だから、風邪をひいて熱のあるときは食べてはいけないとか、また緑茶は「冷」気のある食べ物だから、胃の調子の悪い人が飲むとたちまち吐気を催す、といった法則がある。
また茄子は「冷」の部類に属するから、低血圧の人は避けた方がいいが、高血圧に悩む老人向きの食べ物であるといったたぐいの伝説があって、案外、広く、長く、人々によって支持されているのである。
この分類がどこまで正しいか、実のところ私にもわからない。
民間伝承のなかには、荒唐無稽なものも少なくなく、朝起きぬけにバナナを食べてはいけないとか、妊娠中にパイナップルを食べると、頭におできのできる子供が生まれるとか、あまりあてにならないものもある。
お産のあとは、補血をする必要があるから、「冷」気のある食物は絶対食べてはいけないというのが中国人の信念みたいになっているが、英国人など、そんなこと全然おかまいなしである。
うちの長女は香港の瑪麗医院(セントマリー・ホスピタル)という映画『慕情』に出てくる病院で出産したが、出産直後、私が病院に行ったら、女房のベッドに運んできた食膳の上にアイスクリームがのっていた。
中国人のお年寄りが見たら、「あッ」と驚いて捨ててしまうところだが、女房は英国人の看護婦にすすめられるままにそれを口に運んでいた。それでも別に身体をこわしたり、つぎの出産にさしつかえるといったことはなかったから、少々くらい法則をはずれた物の食べ方をしても、人間の身体はちゃんとそれに耐えていける構造になっているのであろう。
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