第1277回
憧れの地・香港、今や買い出し先に

香港。

外国人ビジネスマンが闊歩する国際金融都市。
イギリス植民地時代の名残を残す西洋風の建物。
豊富な物資と高い生活レベル。
そして自由...。
中国大陸の人たちにとって香港は、
長い間憧れの地でした。

私が北京に住み始めたのは1996年。
香港返還を翌年に控えたこの年、
中国では艾敬(あいじん)という
女性シンガーソングライターが歌う
「我的1997(うぉーだ いーじょうじょうちー)」
という歌が大ヒットしていました。

「早く1997年が来ないかな。
そうしたら香港に行ける。
ヤオハンってどんなところなのかしら。
ミッドナイトムービーも観に行きたいな」。
その歌詞からも中国大陸の人たちが、
未だ見ぬ香港に
どれだけ憧れを抱いていたかがわかります。

その後、邱先生が予測された通り、
「香港の大陸化」ではなくて「大陸の香港化」が起こりました。
特に、香港に隣接している深セン市は著しい経済発展を遂げ、
今では常住人口900万人と香港を凌ぐ大都市に成長しました。

この「大陸の香港化」による著しい経済発展は、
大陸側の物価高や人民元相場の上昇を招き、
その影響でかつての憧れの地・香港は、
今や「物価が安い買い出し先」という存在に
成り下がっているようです。

深センのある主婦は、月に1度は
香港に買い出しに行っているのだそうです。
買い物場所は主に深センから近い香港上水地区。
この主婦によれば、深センで1袋2元(24円)の食塩が
香港では1.1香港ドル(11円)、
深センで32.5元(390円)する
10ロール入りのトイレットペーパーは、
香港では28香港ドル(290円)で
買えるとのことです。

主婦は「深センは物価上昇が急速に進んでおり、
香港より高いものが多くなった」と指摘。
彼女の友人の間でも香港生活物資買い出しツアーは人気で、
みんな時々香港に行っては砂糖や塩、しょうゆなどを
まとめ買いしてくるのだそうです。

数年前までは、香港市民が物価の安い深センに行って、
買い物をしたりレジャーを楽しんだりするのが主流でしたが、
最近は人の流れが完全に逆転しているようです。

艾敬が心待ちにしていた1997年の香港返還から13年。
たった13年間で、憧れの地・香港が
単なる「物価が安い買い出し先」になってしまうとは、
さすがの艾敬も予想だにしていなかったのではないでしょうか。


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2010年12月15日(水)

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