第755回
希望小学校に見る教育の原点
先日、会社を3日間休んで、
希望小学校に行ってきました。
希望小学校とは学校のない
貧困地域の子どもたちに就学機会を与えるために、
民間の寄付により立てられた学校で、
北京日本人会では今まで中国各地に
10校の希望小学校を建設してきました。
北京日本人学校の先生方は、
毎年夏休みに3班に分かれて、
これらの希望小学校に行って
地元の子どもたちのために授業をしているのですが、
今回私は通訳ボランティアとして
日本人学校の先生方と一緒に
河北省承徳市に近い農村の
希望小学校に行ってきました。
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希望小学校校舎
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希望小学校も今は夏休み中なのですが、
この3日間は小学5年生前後の生徒
約50名に登校してもらい授業を行いました。
希望小学校の子どもたちが
日本人学校の先生方の授業を受けているのを見て、
非常に印象的だったのが、
子どもたちの学ぶことに対する強烈な好奇心です。
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希望小学校授業風景
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もちろん、いつもと違う、それも外国人の先生が、
普段と全く違う内容の授業をするのですから、
新鮮味があるのは当然なのですが、
それらを差し引いても、
授業中のあの積極性や真剣なまなざしは、
今の日本の小学生にはないのではないか、
と思いました。
彼らは全員貧しい農家の子どもで、
この希望小学校がなければ、
多分、教育を受ける機会はなく、
小さい頃から労働力として、
毎日、家の農作業を
手伝っていたのではないかと思います。
そんなバックグラウンドを持って
小学校に通ってきていますので、
彼らの授業を受ける態度が真剣そのものになるのは、
ある意味当然です。
彼らにとって「小学校で先生や友達と
一緒に勉強できる」ということは、
なんともすばらしいことなのです。
一方の日本では小学校、中学校は義務教育であり、
学校に通えない子どもはほとんどいません。
学校に通えない子どもがたくさんいる中国に比べれば、
これは本当に恵まれた状況なのですが、
その恵まれた状況が逆に、
子どもに勉強できることのありがたみを忘れさせ、
学級崩壊などの問題を招いてしまっている、
というのはなんとも皮肉な結果です。
授業中立ち歩いたり騒いだりして、
授業を妨害する日本の小学生は、
学校で勉強ができることのありがたみがわかるまで、
中国の貧しい農村に
「下放」した方がよいのかもしれません。
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