第69回
夢の黒塗りアウディ通勤

私が1996年に丸紅北京支店に赴任した時、
最も感動したのが、運転手付きの車での通勤です。
東京本社にいた時は、ご多分に漏れず、
すし詰めの満員電車で1時間以上掛けて通勤していました。
それが、毎朝、家の前に
運転手付きの会社の車(それもアウディ、但し国産)が
迎えに来てくれるのです。

東京本社では、家に黒塗りのハイヤーが迎えに来てくれるのは、
常務以上です。
東京では取締役でさえ、電車で通っているのに、
入社8年目のぺーぺーがこんな厚遇を受けて良いのだろうか、
と思ったものです。

それもこれも、中国のコストの安さのお陰です。
私が付けてもらった運転手付きのアウディは、
ハイヤー会社との契約でしたが、
運転手の給料、ガソリン代も全て含めて
月10,000元(150,000円)でした。
それも朝晩の出退勤だけではなく、
昼間の業務でもずーっと使っての料金です。
これがアウディでなかったら、
もっと安くチャーターする事が出来ます。

しかし、「慣れ」というのは怖いもので、
アウディでの出退勤も、1年ほど経つと、当初の感動も消え、
むしろ、途中の渋滞が嫌で嫌でたまらなくなってきました。
自宅のある燕莎エリアから、
丸紅北京支店のオフィスが入っている北京駅近くの恒基中心まで、
道が空いていれば20分ほどで着くのですが、
渋滞すると40分以上掛かったりします。
この渋滞が嫌で、朝、早く家を出たり、
夕方の渋滞の時間帯が過ぎるまで残業する、
なんて言う事もありました。
東京の通勤を考えたらそれでもはるかに恵まれているのに、
「これじゃ、東京の時差出勤と同じじゃないか」
なんて事も思ったりしました。

こうした体験を早い内にした事は、
私の人生においても良い事だったかもしれません。
ちょっと古い考え方かもしれませんが、
サラリーマンをしていると、
早く偉くなって、運転手付きの黒塗りハイヤーで通勤したい、
早く偉くなって、出張の時にファーストクラスに乗りたい、
早く偉くなって、個室で革張りの大きな椅子に座って仕事をしたい、
と思うものです。
それが全てではありませんが、
頑張る原動力の一つになったりするものです。

しかし、実際、それを手に入れて慣れてしまうと、
きっとそれは若い時に思っていたほど良いものではありません。
「なんだ、こんなものか」という感じです。
それらは会社が若手という馬を全速力で走らせる為に
目の前にぶら下げる、
おいしそうなニンジンに過ぎないのかもしれません。


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