第4103回
歌謡曲の作詞家からいきなり税法のプロに
私が歌謡曲の歌詞づくりに飽きて
そろそろ引き揚げようかと考えている時に、
当時、次々と芸能界に有名歌手を送り出していた
渡辺プロの渡辺美佐さんと一緒になったことがありました。
私が「そろそろひけ時かなと思っているのですよ」
と口をすべらせたら、
「邱先生はこの世界では偉すぎるんですよ」
とすかさず言いかえされました。
まるで胸の中を見透かされたようにびっくりしました。
不景気な時は歌謡曲が一番ハヤる。
「真っ黒気の気」という歌もそうだし、
「同じお前も枯れすすき」という歌も
明治以来の大不況の時に生まれて長く生き残った歌です。
昭和39年の大不況も高度成長がはじまってから最初の、
そして最大の不況だったので、
私はお遊びの積もりで足を踏み入れたのですが、
中に入って見ると、
レコード業界で一番威張っているのはプロデューサーで、
作詞家も作曲家も、流行歌手でさえも、
超有名歌手でない限り、
その下で命令されて動く仕組みになっているのです。
私はたまたま既に一人前の文士だし、
且つ株価を動かす「株の神様」にもなっていたので、
日本ビクターの百瀬社長に電話一本で割り込んだのですが、
ジャーナリズムの世界における作家の地位とあまりにも違いすぎて
思わず目を見張りました。
作家ももちろん、社会的に有名にならないと駄目ですが、
原稿の執筆を頼まれる時も、原稿を手渡す時も、
また雑誌ができあがって原稿料をもって来てもらう時も
丁寧に挨拶をされます。
ところが、レコード会社でも、テレビ局やラジオ局でも、
プロデューサーが一番頭が高くて、
歌手なんか物の数にも入らないのです。
「これは僕らの働く所じゃないわい」とわかったし、
なぜ作家出身の作詞家がいないのか改めて悟らされました。
ちょうど不況もそろそろ終わりに近づいた感覚もありましたが、
ちょうどそこに日本経済新聞の担当部長さんが現われて、
「しばらくぶりですが、夕刊に連載を書いていただけませんか」
と渡りに船のような話を持ち込まれました。
私が日本の国の税金の勉強をはじめたばかりの時のことです。 |