第1770回
テレビは「バカの鏡」ではないでしょうか
昭和29年に私が小説家を志して
香港から東京へ戻ってきた頃、
日本では私営テレビが開局され、
環状線の駅前広場のようなところに
無料で見せるテレビがおかれ、
大へんな人だかりをしていたのを
いまでもはっきり覚えています。
ラジオと違って
画像が同時に写し出されるテレビには
とても人を魅きつける力がありました。
その後、テレビは大へんな勢いで普及し、
1台が10万円台、20万円台もする白黒テレビが
大へんな勢いで
各家庭の茶の間を占領するようになったことは
年輩の人なら誰でも覚えている通りです。
何しろテレビは見ている人に
考えるいとまもあたえずに、
結論を押しつけてしまうようなところがあるので、
口の悪い大宅壮一さんは
「一億総白痴化」運動と言って酷評しました。
確かにテレビにはそうした思索を妨げる一面があります。
そのせいかどうかわかりませんが、
もともと付和雷同性の強い日本人が
個性を失う傾向がいよいよ強くなっています。
これだけテレビが普及し、
ヒマがあればテレビの前にしがみついている習慣がつくと、
テレビの影響が絶大になります。
商品の売り込みに使われるのは当然ですが、
視聴率をめぐる壮絶な競争の結果、
白痴化どころの騒ぎではなくなってしまいました。
私はテレビはニュース以外の番組は
あまり見ない方ですが、
外国から帰ってきて、
たまたま家族のつきあいをして、
ゴールデン・アワーの番組を覗くと、
「なんで、こんなことになってしまったのだろうか」と
舌をまくような愚劣な番組の横行には
一驚も二驚もしてしまいます。
番組をつくる人もどうかしていますが、
それに見入っている人もどうかしています。
「バカの壁」という本がベスト・セラーズになりましたが、
テレビは「バカの鏡」ではないでしょうか。
見ている人のバカさ加減が
そのままテレビの画面に
現われているのではないでしょうか。
それとも私が時代の動きから
取り残されてしまったのでしょうか。
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