第1614回
年をとったらデパートの隣りに住もう
私がはじめてマンションを買った
渋谷公園通りの建物は
のちにジャンジャンという有名な
アンダーグラウンド劇場のできたところでした。
地下の駐車場に借手がなく、
持主が売りたがっている話をききましたが、
そこにアンダーグラウンド劇場をつくればいいという
智恵がまわらなかったので、
あとになって後悔したことがあります。
でもその上にマンションを買ったおかげで
誰も考えつかないようなことを
色々と思いつくきっかけになりました。
すぐお隣りがデパートのガレージのビルで、
その隣りがデパートなので、
そこに住むことは
デパートの隣りに居を構えたことになります。
私はまだ年も若かったし、
ほかに自分の住む家もありましたので、
さすがにデパートの隣りに引越しはしませんでしたが、
もし年をとったらここに住むのが
便利なのではないかと思いつきました。
年をとったら田舎に引きこもって
植木でもいじって暮らすのが理想だと
その頃の年寄りの多くが考えていました。
いま考えて見ると、
あの頃の年寄りはもっとずっと早く死んでいて、
今日ほど年をとっても
まだ生きている人たちが少かったのです。
本当は年をとると人間はいよいよ淋しくなって、
人のいないところに行って住むことを嫌います。
無理矢理、田舎の家に閉じ込めておいて、
東京から子供たちが電話をしても
お母さんが電話に出て来ない、
心配になって車で駆けつけてみたら、
雨戸が閉っていて
なかで事切れていたなんていうのでは
話にもなりません。
それくらいなら、
いっそデパートの隣りに住んでもらうに限ります。
デパートの隣りだから、歯医者もいるし、
公証人や弁護士の事務所だってあります。
自分で炊事をしたくなかったら、
100メートル歩けば
デパートの食堂街まで辿りつくことができます。
デパートの隣りに住めば翌日が休みの前日は
閉店ぎりぎりになると、
飲み物が特別サービスでタダになることもわかります。
そう思って年をとった時のために
デパートの隣りのマンションを残してありますが、
いつになったらそこに引越すことになるか、
いまのところまだ予定は立っていません。
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