第1302回
私のひいきにした上野のすし屋さん
もう30何年も昔のことになりますが、
私がひいきにしていた
御園というすし屋さんがありました。
上野御徒町の人通りの少い商店街にあって、
オヤジさん夫婦と娘さんの
3人家族でやっている小さな店でした。
私はさる有名な画家に教えられて、
私のホームドクターと2人でのれんをくぐったのですが、
扉をあけて中に入ると、
オヤジさんがジロリと私たちの品定めをして、
それから「どうぞ」と空いた椅子をすすめてくれました。
目の前の棚にはネタらしきものは何もなく、
すしを握る段になってから、
氷で冷やした冷蔵庫の中(電気冷蔵庫ではありません)から
次々とネタを運び出してくるのです。
そばで手伝っていたオカミさんが
「あんた、どうして断わらないの」
と旦那を小づいています。
きかれれば誰に紹介されたか言う積りでしたが、
向うがきかないので言いそびれて
そのまま坐ってしまいました。
あとで知ったことですが、
すしの知識の全くない一見さんは
顔を見ただけでよく断わられるのだそうです。
顔を見ただけで何も言われずに
坐れと目で合図をしたところを見ると、
もしかしたら私には断われないだけの風格?が
備わっていたのかも知れません。
すしを握ってもらう前に、
「お酒とまぐろのトロを少し」と注文すると、
オヤジさんは見ている前でトロを丸ごととり出してきて、
こちらがびっくりするほどの量をザクザクと切って
私たちの前に盛りあげました。
一瞬「財布の中のお金で足りるだろうか」
と心配になったほどです。
すしを握る段になると、
それまたネタが次から次へと運び出されてきて、
赤貝でもうにでもご飯が見えないほど
バカッと盛りあげられています。
あなごに至っては1匹を丸ごと使うので、
折れて曲ってまだ尻っ尾がとび出しています。
あなご1カンだけで
お腹が一杯になるほどの気前のよさです。
それで2人前のお勘定が6千円だったので、
その安さに一驚すると共に、
以後、大食漢を何人でも連れて
平気でかようようになりました。
本当にうっかり人には教えられない大穴場でした。
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