第937回
計画的に財産を減らすのも知恵のうち

年をとることは避けられませんが、
年をとった時のために準備した財産の保全法も
時間がたつとすっかり変わってしまいました。

小説家の駆け出しだった頃、
私はいつか自分も年をとって書く物にズレが生じて
世の中から受け入れられなくなる時がくるだろうと考えました。
そうなっても生活費欲しさに原稿を書き続けるのは
醜いことだから、その時は筆を折ることにしようと決心しました。
しかし、そのためには多少の恒産がなければならない。
収入のある不動産を持っておれば、大丈夫だろうと考えて
チャンスのある度にビルやマンションを買いました。

檀一雄さんが流行作家として大活躍をしていた頃、
私も檀さんにもそうすることをすすめました。
でも檀さんは「文士がそんな恥しいことを!」
と一笑に附してしまいましたが、
酒を飲みすぎてあッという間にこの世を去った檀さんは
それでよかったかも知れませんが、
あとに残った人は大へんでしょう。

私はズレた作品を書き続けるよりはましだと思ったので、
思った通りに老後の対策をやりましたが、
実際に年をとって見ると、
絶対大丈夫だと思った不動産収入も
かなり危ふやになってきました。
鉄筋コンクリートの建物の減価償却年数は60年ですが、
30年すぎると建物は古くなっているし、
給排水などすっかり腐蝕してもう一度建てなおした方が
お金がかからないですむ状態になっているのです。

息子たちにそれを指摘されて、気がついたのですが、
古い建物を壊して新しく建てなおすと、
余分のお金を持っていない限り、
もう一度建築費を借金して30年がかりで
元利の返済をしなければなりません。
これでは老後の対策どころか、
もう一度30年前に戻って最初からやりなおすことになります。
これまた不動産につかまって
身動きができなくなることになります。
死んで遺産税をガップリとられないですむためにも、
老後は計画的に財産を減らすことが
上手な財産管理法だということになります。


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2002年10月3日(木)

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