円安でもアメリカが平気な理由
(1998年8月3日執筆 『Voice』98年10月号発表)
しかしアメリカ人は、日本政府は事に臨んで優柔不断で行動力の鈍い人たちによって運営されていると見ている。景気回復のためには内需の拡大が必要だといくらアドバイスしてもいっこうにそれを実行しようとしないし、同じように不良債権の整理に大ナタをふるって一日も早く金融システムの改善を図るべきだとすすめてもいつまでも愚図愚図している。いったい、どういうことになっているのだとアメリカは苛立ちをかくそうとしないが、日本がそのとおりにやらないのには、もちろん、日本なりのお家の事情がある。
たとえば、日本が内需を拡大する代りに輸出を拡大して景気の振興をしようとするのはけしからんとアメリカは不満をかくそうとしないが、日本にしてみれば、国内消費はすでに飽和状熊に達していて内需拡大の余地はない。
それに比して輸出なら好景気に支えられたアメリカがいくらでも買ってくれるのだから、それに応ずることが簡単にできる。アメリカが不景気になって物が売れなくなるか、あるいは輸入に何らかの制限を加えてストップがかかれば別だが、どちらともアメリカが望んでいない以上、放任しておけば輸出はしぜんに増えつづける。
輸出が増えて貿易収支がアメリカの赤字になれば、理論上は円高になって日本からの輸出は抑えられる。ところが、輸出が増えても円高どころか円安がさらに進行している。それはアメリカがドル安を望んでいないか、貿易赤字をまったく気にしていないかのどちらかだが、どうしてそういうことが可能かというと、アメリカは赤字になった分を借金で賄い、ドルを受けとった日本などの貿易黒字国がそのドルをまたアメリカで投資すれば、アメリカは支払うドルの不足に悩まないですむからである。
中身はどうあれ、当面の支払いに不自由しなければ、ドルに対する信用が著しく失われないかぎり、アメリカ経済は安定と繁栄を謳歌することができる。しかし、借金は年々増えるばかりでなく、利息も支払わなければならないから、債務は雪だるま式に膨れ上がっていく。それでも風船が破裂しないかぎり、ドルの持ち分が外国人の手に移るだけで、自転車操業は続けられる。
一方、外国人の手に移ったドルは、所有者が代ったけれど依然としてアメリカに還流し、アメリカで国債を買ったり、株を買ったり、投資信託に投じられたりする。不動産にも、もちろん投じられる。これらの海外資金が銀行やファンドに集められ、アメリカ国内はもとよりのこと、世界中の有望な事業や株式に投資される。為替相場の投機にも使われる。
どんなことであれ、利益をもたらす性質のものでさえあれば、アメリカにいったん集められた資金は再び世界中に向ってなりふりかまわず飛び出していくのである。
東南アジアの経済成長を支えてきたのもこうした資金なら、東南アジアに金融不安、通貨不安をもたらしたのもじつはこうした資金である。日本の有望企業はアメリカヘの輸出に精を出しているが、そうした企業の株を買っているのも世界中をうろうろしているこうした資金の一部である。こうした資金が所期の業績を上げ、永遠に蹟かないですむという保証があれば、アメリカの好景気は今後も永遠に続くことになる。 |