ドルを稼いで罪あり バブルの発生も崩壊も"ドル"への過信から始まった
短期資金で長期投資をやった咎め
(1998年1月30日執筆  『Voice』98年4月号発表)
東南アジアの通貨不安は九七年七月二日、まずタイのバーツが売り叩かれたことから始まった。通貨不安はたちまちマレーシア、インドネシア、フィリピンヘと波及し、ついに韓国にまで及んだ。比較的通貨事情のよいシンガポール、台湾、香港、そして日本でさえ通貨安、株安、ところによって、金利高まで引き起したのだから、アジア全体が大嵐のなかに巻き込まれたといっても過言でない。
こうした動きを見て、「アジアの経済成長の神話は崩壊した」と早とちりをしている向きもあるようだが、問題は世界がボーダーレスになって、世界中を駆けまわるドル資金によって引き起されたものであるから、アジアだけに局限されるべき性質のことではない。
早い話が、「時に利あらず」と見て、ドルがいっせいに韓国やらインドネシアから引き揚げていると新聞は報じているが、借りている者が返せないのに、貸しているほうがお金を引き揚げられるわけがない。引き揚げようとしても引き揚げられないから、デフォルト(債務不履行)騒ぎになるのであって、債務国がお金が払えなければ、債権国は貸したお金が焦げついてしまうにきまっているのである。
だから倒産騒ぎを起している国々の出来事は、お金を貸した国々の出来事でもある。どちらがたいへんかといえば、焦げつかせたほうよりも焦げつかされたほうにきまっている。借りたほうはもともと何もなかったのだし、なくした物は借りた物だから、他人の物をなくしただけのことにすぎない。
しかし、たとえそうであったとしても、借金でつくった事業や設備は、自分の物と錯覚を起すのは人情の常だし、それを失うと自分の物を失った気持になるのも無理のないことであろう。ましてそれによって多くの人が失業したり、路頭に迷うことになれば、債務国のほうが被害甚大であるかに思える。
だが最大の被害者は、ほんとうはお金を貸しているほうであろう。アメリカの議会ではアジアで起ったことはわれわれとは関係がない。アジアの国々の失策を救うために、アメリカの国民のお金を使うことには反対だ、という空気が強いそうだが、どこの国でも政治家は経済に弱い人が多いものだなあとつくづく感心させられる。
IMF(国際通貨基金)の出番になったのは、それぞれの国の企業や銀行からいっせいにお金を返せといわれると、現地通貨でお金が調達できたとしても、国の中央銀行の外貨準備が底を突いてデフォルト宣言をされてしまう心配が出てきたからだ。どんな健全な銀行だってお客から預かったお金をいっせいに返せといわれて返せるわけはないのである。
そこで政府が保証するなり、肩代りをするなりして、IMFからの資金を借りて返済しようという話になるが、対外債務がフィリピンのように小さければ、IMFからの借り入れで間に合ってしまうが、韓国のように二千億ドル近くとなると、IMFとのあいだで合意した五百七十億ドルでは到底、間に合わない。
そのために日本からの緊急融資を仰いだが、それでも間に合わず、債権国の銀行団と短期資金を少なくとも二年か三年の長期借り入れに切り換える交渉に入り、なんとか合意に達した。
その場合の債権国とは、主としてアメリカと日本であり、日本の場合は日本人の資金であるが、アメリカの場合はアメリカ自身が世界最大の債務国だから、世界中からアメリカに集まった資金をアメリカの銀行や投資会社が運用しているものである。債務国の政府が保証をし、その政府が倒産していないかぎり不良債権になったとはまだいえないが、自由を拘束され、場合によっては金利を下げさせられたり、元金の返済を削減される可能性のある貸金になってしまった。
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