ニュー・エコノミーという錯覚
(1997年11月8日執筆  『Voice』98年1月号発表)
私は九七年の初めごろから、年の終りごろにはアメリカで株価の大暴落が起るのではないかという予感をもっていた。講演で何回となく、そのことにふれたし、『サンデー毎日』での小宮悦子さんとの対談でもそのことを強調した。しかし、新聞という新聞がアメリカ経済の好調ぶりを報道しているし、アメリカの失業率が四%台に低下してもインフレの兆しがみえないから好況はもっと持続するだろうという意見ばかり目につく。ついには景気不景気のサイクルがなくなって繁栄は永遠に続くだろうというニュー・エコノミー理論まで擡頭してくる有様である。
しかし、私の認識しているかぎりでは、アメリカは大きな財政赤字と貿易赤字を抱えて自転車操業に明け暮れている国である。歳入の半分を借金の利払いにあてているばかりでなく、財政赤字は年とともにふえつづけている。最近は経費の削減に大なたが振われるようになり、二十一世紀になったら少なくとも経常赤字はなくなる予定だというが、かりに経常赤字がなくなったとしても、国債の利払いをしなくてすむわけではない。
まして貿易収支の赤字がすっかり定着しているなかで、ドル高が続こうものなら、赤字は年々ふえて世界最大の債務国の債務はさらに上積みされていく。そういう国の経済がクリントン大統領のいうように健全だとしたら、世界中がみんなでその真似をすればいいことになる。
他の国々にそれができなくて、アメリカにだけできるということは、アメリカに経済大国としての信用があるからでもあるが、ほんとうはアメリカの通貨である米ドルが基軸通貨として多国間の取引に使用され、通貨としての信用を保持しているからである。しかし、ドルに対する信用はアメリカ経済の実力が不動で、アメリカの国際収支が黒字を続けていることが大前提になる。この二十年来のアメリカのように、財政と貿易の双子の赤字に見舞われるようになると、ドルに対する信用は大きく揺らぐ。たまりかねて何回となくドルの切り下げが続いたが、そのたびに諸外国が米ドルでもっている財産は大きく目減りをさせられた。稼いではとられ、貯めてはとられて、アメリカに対する債権国はそのたびに大損を繰り返してきたのである。
それでもドルが基軸通貨として通用しているのは、ドルに代る基軸通貨がいまのところ見当らないからである。それをいいことにアメリカが米ドルを増刷したり、借金を重ねると、経済の図体が大きい分だけ少々のことでは目につかないが、それが誰の目にも感知されるようになると、ドルに対する不安が増幅される。したがって他国の通貨に対してドル安になってもけっして不思議ではない。ところが、暴落が起るどころか、大幅黒字国の日本円のほうが逆に切り下がって、赤字定着国のアメリカのドルが値上がりしている。しかも七年も好況続きで、景気に一点の曇りもないとアメリカ人は信じ込んでいる。
これでは過去の経済理論に一大修正を加えなければならないと考えたくなるのも無理はないが、よくよく考えてみると、自転車操業で永遠の好景気が維持できるわけもないし、アメリカ人自体が過去の経験に基づいて、インフレにならなければ不景気にならないと思い込んでいるのも固定観念というものであろう。げんにバブル絶頂期でも日本に資産インフレはあったが、物価のインフレにならなかった。過熱したのは地価と株価だけで、それが飽和点に達するとバブルは崩壊した。それに比べるとアメリカは国土が広大な国だし、不動産ブームについてはつい十年前に苦い経験をしたばかりだから、同じ轍を踏むまいという警戒心が働いている。したがって不動産の大暴落は考えられないが、株は未曾有の資産インフレのさなかにおかれていて、しかも過熱状態にある。
それが何をきっかけに崩れるかは私にも見当がつかなかったが、まさかそれが香港株の大暴落から連鎖反応を起してアメリカに及ぶようになるとは想像もしていなかった。しかし、津波警報がタイから上がって、あっと気がついた。
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