死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第36回
即興だった花嫁の父の挨拶

いつの場合でも、私は予め考えてから喋る性でなく、
壇上にあがってから、その場で、話しながら次の言葉を探す。
何十年もそうやってきたので、その日も予め何の準備もしないで、
金屏風を背景にしてから出任せに口をひらいた。

「本日は皆さま、折角の日曜日でお休みのところを、
私どものためにおいでいただいて本当に有難うございました。
結婚式というのはごらんの通り、お金もかかるし……」

と私が言ったとたんに皆がドッと笑った。
お金儲けのセンセイが「お金もかかる」と言ったのが、
よほどおかしかったのであろう。
意外な反応に私は少しばかり自信をとり戻して、

「鹿爪らしい結婚式をやると皆さまにも
ご迷惑をかけることになりますから、
何ぞお金のかからない方法はないかと色々考えました。
もし親の反対する結婚をして、駈落ちでもしてくれれば、
一切の形式的なことはすべて省略できますから、
お金もかからないですむし、
これも親孝行の一つと思ったのですが、
二人ともごらんの通りの甲斐性なしで、
親の反対する結婚もできず、こうして皆さんに
ご迷惑をおかけすることになってしまったのです。
本当に申し訳ありません」

「実は二、三日前に娘と話をしたのですが、
この頃は、離婚が多い。
結婚したかと思ったら、もう実家へ出戻ってしまっている。
どうしてかというと、
この頃は話のわかりすぎるお母さんが多すぎて、
お嫁に行く前から自分の娘に、もし旦那が悪かったら、
すぐうちに帰っておいで、そういうお母さんが多いものだから、
亭主にちょっとでも不満があると、すぐ家に戻ってしまいます。

しかし、うちは一ペん、お嫁に行ったら、
もうよその家の人だから、帰る家はありません。
したがって、どうしても長持ちさせなければなりません。
そのための工夫が必要です。
夫婦の間を長持ちさせる一番の秘訣は、何といっても、
亭主のやることをギッと両目を見ひらいて
何ひとつ見逃すまいと呪んだりしないことです。
片目をとじて片目で見るくらいがちょうどよい。
片目だけで見ていると距離感もなくなるから
何でも美しく見えます」

「もちろん、嫁に行ってから里帰りは
絶対駄目とは申しません。
中国の諺に“十人娘がいたら九人はドロボーだ“
というのがあります。
新世帯をかまえると、あれが足りない、
これがないということがおこります。
その時に、家にある物を思い出して、
うち中のものを運んで行くくらいのことは、
こちらも辛抱します。
でも一ペん家を出て行ったからには、
帰る家はもうないのです。

ですから、いやでも長持ちさせるよりほかありませんが、
長い結婚生活の間には必ず喧嘩になることがあります。
その時、帰ろうと思っても、うちの娘には帰る家がないのです」

「今日、皆さんに結婚式においでいただいたのは
何のためかというと、
そういう時に相談に乗っていただくためであります。
三百三十人もおいでいただいたのですから、
喧嘩の度に一軒ずつまわって行くと、
全部、まわりきれないうちに、人生は終ってしまいます。
どうかその節くれぐれも宜しくお願いします。
本日は退屈な三時間を味わわせて本当に申し訳ありませんでした。
どうも有難うございました」






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2012年12月29日(土)

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