第175回
シシリア・楽園の映画館
シシリア旅行で、バスを降りて、
チェファルーという小さな町の通りを歩き、
小さな広場に着きました。
切り立った岸壁が空の半分を隠し、
その崖の足元に古びた石の教会があります。
ガイドからその教会はノルマンの建てたものだ、
と説明がありましたから、
バイキングもここまでやってきたのですね。
その広場に立った瞬間、デジャブのような、
どこかで見たような、感覚に捉われて、私は記憶を探りました。
妻がすぐに思い出し、
ここは映画「ニュー・シネマ・パラダイス」が撮られた場所だ、
と言ったので、私もその場面を思い出しました。
奇妙な映画ですが、老人と青年の心の繋がりを描いて、
なんだか郷愁を誘われます。
その広場が舞台だとは前もって知らなかったので、
ふいを突かれて、よけいに感動してしまったのでした。
旅行から帰ってから、ムリエルにこの広場と映画について話すと、
彼女は「私のお気に入りの映画です」と、顔を輝かせました。
私は1度テレビで見ただけで、
お店のムリエルが知っているとは期待していなかったので、
少し驚きました。
カンヌで賞を取っているそうです。
3回見たけれど、その度にムリエルの涙腺に良く作用する映画で
目に涙があふれるそうです。
その映画の町が、絶壁と青い海の隙間にへばりついたような、
小さな美しい町だとは、彼女も画面からは分りませんでした。
旅行に行くなら何も知らない方が感動は大きいのですが、
せっかく行ったのに肝心のものを見落とすことも多いです。
私が昔、従兄弟と車を運転してギリシャに向かう途中で、
ベニスという町があるというので、寄り道したことがあります。
渋滞する長い長い橋をやっとのことで渡ると、
ベニスの町がすぐそこから始まるのに、
車の入る道が見あたりません。
巨大な駐車場の建物の周りをノロノロと2、3回回り
「こんな分りにくい町なんか見たくもない」
と腹を立てて、そのまま橋に戻って旅を続けてしまいました。
おろかですね。
「まこと先達は、あらまほしきものなり」
ですが、
ベニスには車がまったく入れないのを、私達は知らなかったです。
町の真ん中で駐車してそこから歩くのだろう、
ぐらいに思っていたようです。
「まこと知らざるは、あほらしきものなり」
でした。
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