第93回
掴んだものは離しません
ホテルのそばを散歩すると、
湿地帯の水溜りからトビハゼがチョロッと出てきて、
目をギョロつかせて口をパクパクします。
白と黒の模様の美しいカワセミが杭のテッペンから、
突然水面に急降下します。
黒鷺が羽を広げて水の面に影を作って、
そこに集まって来た魚を獲る現場も初めて見ました。
その湿地帯で三脚の上に古い大きな望遠鏡を乗せたアフリカ人が、
ツーリストと話をしていました。
興味があったのでそばに行って一緒に話を聞くと、
その男は野生の鳥のガイドで予約を取っているところでした。
予定表には明日のお客4人の名前が載っています。
ガイドの睫は可愛くカールしてくるりと360度回転しています。
ツーリスト達も「メイ ビー」と予約(?)して書き込みました。
私達も予約すると妻が「メイ ビー」と数回念を押しました。
彼は「鳥類ガイド プロ」の肩書きと
住所氏名電話番号の付いたラベルをくれて
「朝5時集合」と言いました。
「どこで集合するのですか?」と尋ねると
「ここだ」と言います。
「どこで観察するのですか?」と重ねて尋ねると
「ここだ」と答えます。
値段は2時間で2000円とこの国にしては非常に高いのでした
“はて?”とホテルへの帰り道に考えて
“あそこで見るだけなら自分達で行けばいいので、
ガイドはいらないのではないか?”と、やっと思い至りました。
ただし早朝に勝手に見に行って鉢合わせするのもバツが悪いです。
ホテルですぐにキャンセルの電話をかけようとしました。
けれども貰った電話番号に1時間置きに何度もかけても
誰もでないので、諦めて放っておくことにしました。
翌朝は疲れていたせいか少し寝坊しました。
中庭のカフェで私達としては遅めの朝食を食べていると、
どこからか視線を感じます。
見ると木立の影から鳥類ガイドの人がこちらを覗いていました。
“これは全員がスッポかしたな”と思いました。
妻にそのことを告げると
「ホテルを教えたのはあなただけだからやって来たのでしょう」
と言います。
鳥類ガイドはやって来て「今から行こう」と言いました。
私は「今からでは遅いだろう」と言って
20%ほどの紙幣を握らせようとしましたが、受け取りません。
この国の熟練の大工の4日分の給料ぐらいに当たるのですが。
男は「食事が終ったら後で話が有る」と言います。
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