前川正博さんはこうして
福祉の国で、国にたよらずに根をおろしました

第68回
二人とも育ちが悪いですね

前々から入れた予約も夜はどの三ツ星も満員で、
トゥール・ダルジャンでの日曜日の午後だけがやっととれました。
ミシュランによると
お昼は夜の三分の一の
特別価格で食べられるということだったので、
丁度良いと思っていました。

エレベーターの戸が開くと
長身でハンサムな燕尾服の男が深々と礼をして我々を迎え、
一組だけ空いた席に案内してくれました。
名物の鴨を絞る台のすぐ近くでした。
席に着くと給仕さんがメニューを手渡してくれたのですが、
開いてビックリ値段が予定の三倍はしたのです。
明日は旅行の最終日で
フランを丁度使い切るように両替したので、お金が足りません。
我々はその頃キャッシュカードなんて持ったこともなかったし、
残った紙幣は全部ホテルの金庫にしまってありました。
そこで給仕さんにもう一度来てもらって、
お昼の割引メニューを持って来てくれるように頼みました。
年配の給仕さんは丁寧に、少し申し訳なさそうに
「日曜日はお昼の割引メニューは無いのです」と答えました。
「さて・・・困ったな」と私が日本語で呟くと妻は
「お金が足りないの?それならこのまま返りましょう」
と、今にも席を立って私を引っ張りだしそうな勢いです。
「ちょっと待って、今、計算するから」
と言って私は
あちこちのポケットに入った小銭まで頭で計算しました。
その私の頬が赤かったそうで、焦って見えたのでしょう、
妻は
「ねえ、出ましょうよ。“すみませんでした”と言って」
と必死な顔で催促します。

この間のやり取りは
ベテランの給仕さんはおそらく全部理解していたでしょう。
でも彼は表情を変えずに静かにそこに立っていました。
そして、その後も私達に対する態度は、
他の振る舞いも身なりもよろしいお客に対するのと、
いささかも変わりありませんでした。
さて予定の鴨の料理とその他を食べて、
チップも渡しても何とか間に合いそうです。
もしも計算違いで間に合わなかったら、
妻を人質にレストランに残してホテルに取りに行けば済むのです。
そう思って「大丈夫何とか足りるから」と言いました。
でも育ちの悪さは丸見えで、
そう言われても妻は疑わしげな顔でしたが、
かまわず料理の注文を始めました。

さて名物の鴨料理を頼むと、
薄い胸肉と小さな鴨の腿が出てきました。
まあまあ美味しいのですが、
1匹ずつ頼んだのに量がとても少ないのです。


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2004年10月20日(水)

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