第882回
おしゃれをさせる名人の話
キヴィアックを知っていますか。
これは極細の長繊維で、
織物に仕上げると
絹のような生地になるそうです。
これは冬になると
酷寒の地となるカナダの高地に棲む
ジャコウウシの毛。
それもただの毛ではなく、
首から胸にかけての
産毛(うぶげ)だけを使って、織る。
ひと頃「シャトウーシュ」が流行しましたが、
繊維の質としてはそれ以上に優れています。
ただし今現在では日本では入手不可能。
まさしく幻の繊維です。
茂登山長市郎 著
「江戸っ子長さんの舶来屋一代記」(集英社新書)には、
このキヴィアックが出てくる。
おそらくは近い将来、茂登山さんのお力で
日本でもキヴィアックが手に入るようになるでしょう。
いや、キヴィアックは日本だけでなく、
世界的に眺めても幻の繊維なのです。
1921年の生まれといいますから、
今年85歳になるわけですが、
それでも幻を現実にしようと活躍しているわけですから、
ただただ頭が下がります。
銀座、並木通りを歩いていると
「サンモトヤマ」という高級店がありますね。
茂登山さんはその会長。
戦後すぐから舶来品ひと筋に生きてきた人物。
それはともかく商売の深を知るなら、
ぜひこの1冊を熟読することをおすすめします。
1.セールスとは自分の全てを売ることであって、
物を売ることではない。
2.「商い」は、楽しくなければならない。
3.「お得意様」とは、お客様を得意にすること。・・・
これはほんの一部ですが、
舶来屋経験半世紀の茂登山さんの金言に
満ち満ちています。
私たちはふつうおしゃれをする側の人間ですが、
その一方で、おしゃれをさせる側の人間には
様ざまの工夫があるのだなあ、
ということにも気づかされます。
またこれまでにも
人とのつきあいを大切にしてきた
茂登山さんならではの、
今東光、川端康成、名取洋之助・・・などの
エピソードもたくさんあって
興味のつきな好著です。
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