| 第825回スペインの小さな幸福(しあわせ)
 握ってから食べるお菓子を知っていますか。たとえば最中(もなか)かなにかで、
 自分でアンを詰めてから食べるというのはあります。
 でも、これは違う。
 握ってから、食べる。
 名前は「ポルボロン」で、
 本来はスペインのお菓子です。
 ごく乱暴に説明するなら、
 やわらかい、大粒のボーロのようなお菓子。
 「アル・アリモン」(TEL 090-9243-5046)
 という店で1袋600円で売っています。
 が、店舗があるわけでなく、
 足立さんという人がひとりでつくり、
 発送することで販売しているのです。
 1袋に12個入っていますから、
 決して高い値段とはいえないでしょう。
 さて、原料は小麦、アーモンド、シナモン、砂糖、豚脂・・・それだけ。
 要するに小麦粉にアーモンド、シナモン、
 そして砂糖を加え、練って、固め、
 これをオーブンで焼いたもの。―
 ではないかと想像しています。
 少し大きな、厚いボタンのような形をしている。半透明の、薄黄色の薄紙に包まれている。
 それも両端をねじってあるだけの、素朴な姿。
 で、これを開いてから口に入れるのですが、
 失神しそうになるほど、美味い。
 古いアルバムを開くような、
 懐しい匂いが拡がります。
 口に入れた瞬間、すべてほどけて、
 味と香りが霧状に拡がる。
 ちょっと類を見ない、珍しい美味しさです。
 ところで、ポルボロンは食べる前に、軽く手で、握る。
 というのは、あまりに柔らかいので、
 指でつまんで、口に入れる前に
 すでにほどけてしまうことがあるから。
 ポルボロンはスペインの伝統菓子で、修道院で生まれたのだそうです。
 今でもスペインを旅すると、
 修道院製のポルボロンを売っていたりする。
 でも、でも、でも「アル・アリモン」のほうが
 少なくとも10倍は繊細な味わいなのです。
 上品にして、深遠。
 原型は外国でも、より繊細で、
 より上品なものに変質させるのは、
 日本の得意技というべきでしょう。
 ポルボロンをひとつ食べると、
 気持がきれいに澄んでゆく。
 ただし注文してから1週間待つことになります。
 が、3年待っても食べたなくなる美味なのです。
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