| 第714回読むおしゃれ
 本当のところ、おしゃれって何だと思いますか。やぶから棒にそんなこと言われたって、
 と思うでしょう。
 私にしたところでまったく同感。
 ところが「おしゃれ」をまことに明快に、
 具体的に、分りやすく、
 詳しく説いた人がいるんですね。
 第90回直木賞受賞者の、神吉拓郎さん。
 その著書『男性諸君』のなかに
 「お洒落」の項をもうけて書いています。
 ただし、かなり長いので
 とても全文はご紹介できません。
 <衣類からは一切の製造元、織元製造国名などを注意深く取り去ってあること。>
 これがまず第1章で、この後に30章くらい列挙されている。
 私はもうこの最初の一行で失格です。
 でも、口惜しいけれど言ってることはよく分る。
 実にその通りな人です。
 神吉さんは短編小説の名手でしたが、
 この「お洒落」の文章を書いただけでも、
 銅像かなにかにふさわしい偉人だと思います。
 さて、このような「お洒落」の条件、30数章のなかにこんなのがあります。
 <仕立おろしの洋服を着たときは終日恥しく> これを読んでうなづくと同時に、フレッド・アステアの話を思い出しました。
 応年のダンサーで俳優、おしゃれでもあった人物。
 F・アステアは新調の服を着る時、
 まず壁にたたきつけてから、
 「ご主人様はオレなんだぞ」と呟いたというのです。
 アステアが念入りに注文した服なら、さぞかし思い入れがあったことでしょう。
 でも、思いが強すぎると、
 服が気になって仕方がない。
 そこで新調の服をたたきつけて、
 本当の主役が誰であるかを
 言い聞かせたのでしょう。
 つまり服を気にかけないための儀式であったわけです。
 要するに上手な着こなしとは服装がまるで
 その人の空気であるかのように見えることなんですね。
 私だって理屈は分かっているつもりなのですが、
 実際にその境地に達するのは難しい。
 時にはゆっくり本を読むのも
 おしゃれの勉強のひとつかも知れませんね。
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