第533回
懐紙の美学
懐紙を使ったことがありますか。
ごくたまにお茶席などで使ったことはあります。
でもとくに意識したことはありません。
ましてふだんから
いつも携帯するようなことはありません。
一節によれば、懐紙をはじめて使ったのは、
藤原道長(966〜1027年)だといいますから、古い。
ただし和歌を詠んで、
それを書いておくのがその目的であったとのこと。
懐紙は時に、「ふところがみ」、
「たとうがみ」とも呼ばれることがあって、
その種類もいくつかあったらしい。
紙を畳んで懐に入れておけば、
いつでもどこでも歌を詠むことができる、
書いておくことができる。
まあ、和紙のメモ用紙といったところから
はじまっているわけです。
もっとも今現在「壊紙」といえば、
ただちにお茶席で使うそれを想像しますね。
これはたいてい「小菊」という名の、
手すきの美濃紙が使われるのだそうです。
壊紙って女性用だろ、
という人がいるかも知れません。
けれどもむかしの武士は
刀を扱う時にも壊紙を使ったそうですから、
女性用というわけではありません。
ふと思うのですが、
ハンカチとティッシュペーパーの中間として、
壊紙を持っていたなら、素敵だなあ。
文字通り、上着の内ポケット、
その左側に入れておく。
右手でいつでもすぐに取出せるように。
たとえば大福もちを食べるとする。
これを手で受けるより、
ハンカチで受けるより、
壊紙で受けるのがおしゃれではないか。
おはぎだって、カステラだって、ようかんだって、
一度壊紙で受けて食べたほうが、はるかに美しい。
日本人だから言うわけではありませんが、
和紙の良さをもっと見直しても
いいのではないでしょうか。
和紙は強い、そして美しい。
その強くて美しい紙を、
たった一度使っただけで、捨てる。
これはたぶん潔(いさぎよ)さということなのでしょう。
いつでも壊紙を持つことで、
少しでも潔さの美学に近づきたいものです。
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