服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第491回
今日という日が良い日でありますように

忘れ物をしたことありますか。
私はときどき忘れ物をします。
ついこの間も手帳を忘れてしまいました。
とある公衆電話で電話をかけた。
この時、電話帳を忘れてきたのです。―
これでもう、いかに私が旧式人間であるかがお分りでしょう。
若い友人に言わせると、
携帯電話なら、情報を覚えさせることができ、
電話帳なんて要らないのだそうです。

まあ、それはともかく赤皮の手帳を忘れた、
失(な)くした。困りましたね。
電話をかけることができない、
FAXを送ることができない、
手紙を書くことができない。
ところで、どうして赤い皮の手帳なのか。
なるべく目立つように、なるべく忘れないように、
というつもりだったのですが。

がっかりして家に帰ったことは言うまでもありません。
また新たに一から電話帳を作ることは、骨が折れます。
あるのは溜息ばかり。
ところが夜になって、見知らぬ人から電話が。
「赤い手帳を拾ったのですが・・・」嬉しかったですね。
電話を切った後で、“バンザイ”と叫んだほどです。
手帳を開いた第1ページに、
自分の住所、電話番号などを書いていたのが、
幸いしたのでしょう。

たった一冊の手帳を無くしただけで、
こんなに悲しい。
たった一冊の手帳を届けてくれただけで、
こんなに嬉しい。
もし、私が拾ったときにも同じことをしてあげよう、
と決心しました。

そして、ああ、これが善の連続なんだなあ、
と思い当ったのです。
善は必ず連鎖する、循環する。
良いことは人から人へと伝えられてゆくのです。
そして結局は永い間かかって、
自分のところに戻ってくる。
にっこり笑っておはようございます、と言えば、
明るい笑顔が返ってくるように。

そして同じように不善もまた循環するのです。
世の中をごく単純に眺めれば、
善と不善のたたかいなのです。
なぜなら私の心にも、
そのふたつが同じように住んでいるからなのです。
きのうより、きょうは少しだけ善い心でいよう。
実はこの心こそがおしゃれのはじまりなのです。


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