服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第456回
トンビの上手な着こなし方

今回は、日ごろご愛読下さっている
読者の片岡 良介様から
メールをいただきましたので、
ご返答を掲載させていただきます。


■片岡 良介 様にいただいたメール

はじめまして、出石先生
私は大阪在住の片岡 良介と申します。
突然のメールでのご無礼、お許し下さい。
いつも先生の「男はカッコ」を楽しく読ませて頂いております。

今回、私がメールをお送りしたのは着物用のコート、
トンビについて教えて頂きたいからです。

一年ほど前にも先生はこのコラムで
トンビのことを書いていらっしゃいましたが、
わたしもこの夏頃からファッションとして
着物に目覚めまして
つい先日オークションを通じてトンビを購入いたしました。
素材は明らかに上質と思われる羅紗地。
裏地はシルクサテン、袖を通す部分はビロードで覆ってあり、
作りも襟の裏にミシン掛け
(昔のブルックスのオウンメイクみたいな)がしてあるなど
昭和初期頃のオーダーメイドの丁寧さが伝わってくる一品でした。
しかしここで問題が生じたのです。
サイズがでかい(と思われる)、のです。
マントのケープは手の先まですっぽりと隠れてしまいますし
着丈もちょうど足の甲に掛かるくらいまであるのです。
(着物で言うところの対丈といったところです。)

ここでお尋ねしたいのですがトンビのカッコのいい着丈、
マント丈とはどのくらいのものでしょうか?

先生のお考えになるトンビを着たときの美しい着丈、
マント丈とはどのようなものでしょうか?

また大正昭和初期のトンビが
ごく普通に着られていた時代というのは
対丈ぐらいの現代の感覚からすると
相当長い着丈で着ていたものなのでしょうか?

以下の写真からはそのように感じられます。
(写真1)
また年配の方に聞いてみると
対丈ぐらいで昔は着ていたような感じがする、
と少々曖昧ではありますが情報を得ることが出来ました。

さらにオークションに出展されるトンビの着丈の多くは
125センチから140センチぐらいのものが多いようです。
(私のトンビの着丈は約135センチです。)

この着丈ならば身長160センチから
175センチの人は対丈で着ていたと推測されます。

でも以下の写真からは
必ずしも上記のような着方ばかりではなかったとも考えられます。
(写真2)
先生、以上の件どのように考えればよいのでしょうか?

せっかくいい品を入手したのに
私の浅はかな知識でリフォームしたくないのです。
ぜひ先生の的確なアドバイスを頂戴出来ればと思います。
いつでも結構です。
ちょっとお手が空いたときに簡単で結構ですので
アドバイスを頂けないでしょうか。

また先生にはこれからも楽しいコラムを始め、
お仕事に元気に励まれますことを願っております。

片岡 良介


■出石さんからのA(答え)

いつもご愛読下さりありがとうございます。
またご丁寧にお便りを頂きましたことにも、
重ねて御礼を申上げます。

トンビは今では貴重品で、
それも上質な代物を入手されたご様子、
幸運な方だと申上げておきましょう。
トンビはそもそもは
「インバネス」と言ったものです。
明治になって、
インヴァネス・コートをヒントにしたところから、
その名前があります。
「インバネス」をもう少し和風に仕上げたものを
「トンビ」と呼んだのです。

当然のことですが、
昔の日本にはコートが無かった。
その意味でコートは憧れであったのです。
でも、和服の上に羽織ることの出来るコートはごく少ない。
インバネスは袖の部分がケープになっているので、
楽々と重ねることができた。
これが明治、大正にインバネス(またはトンビ)が流行った
最大の理由なのです。

さて、当時の人たちは
インバネスをどうやって手に入れたのか。
洋服屋で仕立てさせた。
好みと身体とに合わせて。
だからよく見れば、
ひと口にインバネスといっても
実にさまざまな変化があります。

ところが片岡様の着丈のことですが、
私にはまったく問題がないように思われます。
明治期の日本人の平均身長は、
現在よりもかなり低いのではないでしょうか。
私にも小さなインバネスに出会って
困った経験があります。
事実、「もう少し着丈が長ければ・・・」
という場合が少なくないようです。

インバネスのごく一般的な着丈は
足首から少し上がったあたりです。
もちろんそれより短いのや、
長いのを好んだ人もあったでしょう。
でもコートなのですから、
やや長いほうが保温上も有利なはず。
これはケープ丈についてもまったく同じことです。
大きな心、優雅な心でゆったりと羽織って下さい。
インバネス(トンビ)とは
そんな特別な服装なのです。
明治期のインバネスは上流階級の、
地位の象徴でもあったのですから。


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