服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第391回
極上の黒いジャケット

チェビオットという生地を知っていますか。
「チェビオット・クロス」とも呼ばれますが、
ツイードの一種です。
チェビオット種の羊の毛が使われているところから、
その名があります。
チェビオットはもともとイングランドに近い、
スコットランドの山岳地帯。
ここに生育する羊の名前なのです。
梳毛、紡毛どちらも使われますが、
しっかりと緻密で、丈夫な生地に仕上ります。
ウールのなかでもより細かく長い毛が梳毛(そもう)、
太くて短い毛が紡毛(ぼうもう)。
ツイードには後者の毛が使われるのです。

どうして突然、チェビオットの話をしはじめたのか。
すばらしいチェビオットの服を見たからです。
大先輩のU氏がなんとも爽やかにそれを着こなしていました。
シングル前3ボタンの上着で、
剣襟、色は黒、生地はもちろんチェビオット。

実はそのチェビオットの上着、
そもそもはフォーマル・ウェアであったというのです。
U氏はフォーマル・ウェアを仕立てようとして、
生地がお気に召さなかった。
で、自分で極上のチェビオットを探して、注文した。
黒い上着に共地のチョッキ、
下はグレイの縞ズボン。
つまり昼間のフォーマル・ウェアが仕上った。
でも、今は黒い上着だけを単独で、
まるでブレザーのような感覚で着こなしているのです。

ところでそのフォーマル・ウェアを仕立てたのは、
いつ頃の話なのか。
今からざっと60年ほど前だというのです。60年前!
生地も仕立ても今とは違って
しっかりしているのは当然として、
アルパカの裏地に至るまで、
ビクともしていないのです。
なるほど本当に良いものは長く着られるんだなあと、
改めて感心させられてしまいました。

チェビオットであるかどうかはさておき、
上質な生地で黒い上着を1着は
ぜひ持っておきたいものです。
スーツとしてではなく、
上着単独で、さまざまな場面で
自由な組合わせが楽しめるからです。
ここでも良いものを長く着るという考え方は、
おしゃれの正道でしょう。


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2003年10月28日(火)

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