死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第60回
どれだけ儲かるかを考えるだけでは、商売はできない

お金を大きくふやすためには、
当然、それなりのリスクがともないます。
リスクは小さいにこしたことはありませんが、
効率よくお金をふやすには、
やはり、ある程度のリスクは
計算に入れておかなければなりません。

前にも述べましたが、お金をふやすということは、
お金を貯めることと同じではありません。
貯めるだけなら、節約をすればよいのですから、
金利分くらいはふえます。
しかし、積極的に金利以上の稼ぎをしようと思えば、
思惑どおりに行かなくなって、
大ゾンをすることもありえます。
ラッシュの中にとびこんでいくようなものですから、
自動車にぶっつけられて、
半死半生の目にあわされることもあります。

麻薬と武器とピストルを売るという仕事は、
まかり間違えば牢屋に行かなくてはなりません。
やくざに、喧嘩で殺されるとかというようなリスクもあります。
そのかわり、うまくいけば
仕入れ値段の五倍にも十倍にもといった値段で売れます。
お金の儲かり方はリスクに比例するという典型的な好例です。

中国のことわざに、
「頭の飛ぶ商売をやる人はいるが、
損をする商売をする人はいない」というのがあります。
頭が飛ぶというのは、斬首される事です。

ひとつ間違えば殺されてしまう商売でも
儲かるならば従事する人がいるが、
損をするようだと誰もやらないということです。

殺されるかもしれない大きなリスクがあるのにやる人がいるのは、
運がよければ、刑を免れることもあるからです。

しかし、いくら儲かる商売であっても、
道徳的な動機から、それをやらない人もおります。
武器弾薬や麻薬の取引きは、
人に害を敏えるものであるから、
人の道に反するという考え方からです。

また、風俗浴場やラブホテルは
法律の禁じているものではありませんが、
売春とか、不貞とかかわりのあることですから、
肩書を名刺に刷り込んで出すことがはばかられます。
人生はお金儲けだけではないと考える人にとって、
それはけっして魅力のある商売ではありません。

商売をやるかどうかは、
もちろん、採算にのるかどうかも計算に入れなければなりません。
リスクはつねにつきまとうものですが、
それがどの程度のものであるか、まず計算してみることです。
損の計算が先にできていると、そんなに損はしないものです。

それと同時に、
どのへんまできたらやめるかを考えてみることも必要です。
私などは、積極的に仕事をするように見えても、
この仕事はいま私の財力からみて、
しくじった場合にどのくらいの損をもたらすか、
その損は私にとって耐えられるものであるかどうか
といったことから先に計算をします。
この計算をやらないから、
損をしたときにあわてたりするのです。





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2013年5月31日(金)

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